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【ハイキュー!!】青息吐息の恋時雨【短編集】

第26章 月が(赤葦京治)



人混みの中、改札へと向かいながら、マフラーの中で「あ~~~~~」と息の続く限り唸っていた。人間は1つのことしか思考できないから、同じ音をずっと伸ばし続けていれば、余計なことは考えなくなると聞いたことがあるからだ。そう、これでいい。今日はもう何も考えずに電車に乗って家へ帰って、ご飯を食べてお風呂に入って寝る。寝れば全部忘れる。

赤葦のことは考えない。赤葦のことは考えない。と考え続けていたら、「なまえさん」と小声で呼び止められた。驚いて振り返る。しかしそこには行き交う人の波があるだけで、そう、幻聴だ。赤葦の使う路線は自分とは違うので、この場にいるはずなんてなかった。

こうなると、いよいよ自分の脳が心配になってくる。プライドがすり切れる前に、早く自室に籠るべきだろう。

頭を振って再び前に向き直ると、すぐ目の前に壁ができていた。ぶつかる寸でのところで止まると、「大丈夫ですか?」と頭上から声がする。


「さっきから、すごくフラフラ歩いてますけど……」


整った顔立ちと、左右非対称な黒い癖っ毛。赤葦だった。おっと違うか、赤葦の幻覚でした。

見えるはずの無い幽霊を相手どるようにすり抜けようと思ったら、紺色のコートに盛大に鼻先がぶつかった。そうか、実在しない虚像にも痛覚が働くのか。なんて万能なわたしの脳。


「あの、無視しないでください」

鼻を押さえて右回りに迂回しようとしたところ、肩を遠慮気味に掴まれた。わたしは彼と話をする選択肢に気がついて、何か言おうと口を開いて、息を吸う。けれど驚きすぎて、上手い言葉が出て来ず、暫く固まる。やっと出てきた台詞は、「……本物の赤葦?」だった。


「たぶん、」
赤葦は、ひくりと頬を動かして視線を外し、たっぷり数秒黙った後に「そうだと思います」と頷くように視線を合わせた。


「なんで、ここにいるの?」

「なまえさんに、頼みたいことがあって」

「『俺の部屋に来てください』とか?」

「え」


わたしの言葉に、赤葦は驚いた顔をした。けれど動揺は示さなかった。数回の瞬きをする間に、彼の中で積み上げていた算段を一度崩して組立て直したようで、すぐに「話が早くて良かった」と臆面もなく開き直った。
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