第23章 駿足アキレスあるいは兎;そもそも彼奴は亀なのか(五色工)
歩道に面したテラスの、白い日よけのパラソルの下。見知った人物の横顔が見えるのである。2つ学年が上の、 なまえと同い年の、 五色が一方的に因縁の相手としている、エース牛島若利。
"先輩を見かけたら、部活以外の場所でも挨拶すること"
「俺、ちょっと行ってきます」
「待てい!」
直後に一瞬息が止まった。 手刀で一撃、を食らったのだ。首の後ろに。
「!?!!?」
混乱しながら振り返る。両手で首を押さえて(痛いデス!)と精一杯の小声で訴える五色に「文脈を読めッ」となまえの一喝。
「よく見なって。ほら、牛島と一緒にいる女の人」
「オンナノヒト?」
涙目を指で拭って、今度は端から顔を出す。
言われてみれば確かに、牛島の向かいに女性が座っている。薄い茶色の髪をまとめて、胸元が大きく開いた服を着ている女の人だ。正面の牛島に対して、スマホの画面を見せて何か笑顔で話している。
「美人だと思わない?」なまえが深刻そうな面持ちで言う。
「ビジンですね」と、五色はとりあえず相づちを打ってから首をひねった。「どうして女性がいたら、挨拶しちゃ駄目なんですか」
「女性"と"いるからでしょうが」
なまえは信じられない、といった顔を向けた。「これだから1年坊主は」
「が、学年は関係ないですッ!」
思わず声を荒げてしまい、五色はすみません、と早口で謝った。けれど先輩とは言え、他人から自分の未熟さを年齢のせいにされることは腹が立つ。それに甘んじてしまえば、学年差がバレーの実力差に直結するのもありえるような気がしてしまうのだ。
「いつからだと思う?」
案内板に張り付いたなまえが尋ねる。
「何がですか」と五色はムッとして返す。
「付き合った時期」
「え?」
思わず視線が動いた。「恋人なんですか?あの人」
「だってあんた、牛島が女性と2人きりよ?」
「女性と2人でいるだけじゃないですか」
「バカね、休日に男女が一緒っていうのは、つまりそういうことなのよ」
刺々しい声と共に脇腹を指でつつかれたので、「そういうことって、どういうことですか」と五色は口を尖らせた。「下世話すぎですよ先輩。あの女の人、高校生には見えませんけど」