第16章 さよならの粒度(及川徹)
「お祈り?」
「この近くに教会があってさ。そこの孤児院で育った子達は、ことあるごとにお祈りをするように習慣付けられるんだ」
「あの子たちも、その孤児院で育ったのでしょうか?」
いや、と及川が爪で窓を叩いて否定をする。「あれは一般家庭の子じゃないかな。シスターや教会に住む友人の真似をしてるんだよ」
「みんなで、何を願っているんでしょう?」
「願ってるんじゃなくて、祈ってるんだって」
「願いと祈りは違うものなのですか?」
「違うね」
「では、何を祈っているんでしょう」
「さあ。何も考えちゃいないんだろ」
及川は退屈そうに欠伸をした。「どうせ、お祈りの意味さえわかってないんだから」
そう言う徹さんは、お祈りがどういうものか知っているのですか。
なまえは尋ねたかったけれど、不愉快の色が滲む横顔を見て、その整ったラインを視線でなぞることしかできなかった。柔らかい前髪、綺麗な茶色の瞳、通った鼻筋、唇、顎、爪 ———
沈黙は居心地が悪かった。話題を変えようと考えた末に「星の砂、」と呟いた。及川の怪訝そうな顔が振り向く。
「小さい頃の私の宝物です。さっき、徹さんが質問してた」
「あぁ、」
及川は自分で聞いておいて忘れていたのか、宝物ね、と上の空で呟いた。
「はい。小さな瓶の中に、」
なまえは頷いて、このくらい、と親指と人差し指で5cmほどの高さを示した。「星の形をしている砂が入ってるんです。たくさん」
「知ってるよ。俺も見たことがある」
及川は椅子から立ち上がり、なまえに並んでベッドに腰かけた。「あれって、生き物の死骸なんだよね」
「砂じゃないんですか?」
「生物の殻だよ。1個1個が、昔の海で生きてたんだ」
「そうなんだ……」
初めて知った事実に、なまえは、目をぱちぱちさせて正面の曇り空を見た。
小さくて、可愛らしい星の形をした砂は、どこか遠い宇宙から流れ着いてきたものだとばかり思っていた。瓶をかざす度に、自分の知らない世界の片鱗に触れた気になった、あの粒たちは、
「あれは、命の残骸だったんですね」
時の運河から離れ、この手の中に入り込んだのか。
「いいなぁ……私も、この世界に、何か残せるんでしょうか」
今は空っぽになってしまった右手を見つめる。その手を、及川が優しく握った。