第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
「……………」
「あれ、怒っちゃった?」
「いや………なんか、」
なまえは目を伏せて早口に「こういう時、なんて返せばいいかわかんなくて」と言った。心持ち呼吸が浅くなる。ごめん、とくぐもった声で謝った。
「あー」
木葉も頭の後ろを掻いて、ごめん、と言った。
彼にとって、軽い冗談は他人と打ち解けるためのコミュニケーション術の1つに過ぎなかったのだけれど、そのような距離の詰め方に慣れていない人間もいるのだというところまで、考えが及んでいなかったのだ。気まずい沈黙を避けるために、「これさ、」と受け取ってもらえなかったタンバリンを彼は一度叩いてみせた。「音楽室からパクってきたの。掃除当番の時に」
これも、と横に佇むギターをつま先でつつく。その無頓着な行動になまえは控えめに眉を潜めた。うん、と相槌を低く打った後、「演奏できるの、すごいね」と小さく言った。相手を褒めるというよりも、話題を出された側の最低限の務めとして取り敢えず口にした、といった雰囲気だった。
「あー、あー、ん、まぁ。いや、すごくない」
木葉は歯切れ悪く返事をして、手に持っていたそれを一番近い机に放った。「ギターくらい、誰だって弾けんでしょ」
「そんなことない、と思うよ」
彼女は俯きながら、クラスメイトの女子たちが普段どんな風に男子と会話していたのかを思い出していた。「なんでもできるんだね。木葉くんて」
「まさか」
木葉は彼女のつむじを一瞬見やり、そして右足を軸に身体を半回転させた。「全部中途半端なだけだし」と窓枠に両手をついて外を眺める。「ってーかみょうじさん、この前体育館に来てたね」
途端、なまえの表情が固まった。あっ、うん、そう。と小さな唇が早く動く。
「友達とね、えと、友達が———あの、2年の子。えっと、なんだっけ……?アカ、」
「赤葦?」
「そう、その人。その人が見たいって。友達のね、付き添いで」
しどろもどろにそう言って、意味もなく自身のシャツのしわを伸ばした。しかし嘘は言っていない。
木葉は素っ気なく、ふーん、と言って、目にかかるほど伸びた前髪を指先で払った。「あいつ、相変わらずモテんだな」
その反応は、どこか苛立っているようにも見えて、小心者で相手の機嫌に敏感ななまえの心を更に乱した。