ヒーロー基礎学(21.22ページ)その1.
「なあ、#NAME2#」
教室に戻ると、後ろの席の男子に話しかけられた。
振り向いて、ドキリとする。
自分に声を掛けてきたのが轟焦凍──エンデヴァーの息子だと分かったからだ。
「何?轟くん、だったよね」
動揺を悟られぬよう冷静に返す。
──まさか、私の事…
緊張が高まる。
彼は知性的なはず。
無闇にこちらの"事情"を吹聴するような人間とは思えなかったが、警戒するに越したことはない。
さて、どうやって切り抜けるか──と考えたところで、轟は無表情のまま小首を傾げた。
「俺、お前と昔会ったことある?」
──げっ、まじで記憶力いい!?
「え…と、何の事……かな?人違いじゃない?」
申し訳なさそうに笑うと、轟はそうか、とだけ頷いた。
無表情なだけに、感情が読めないのが憎らしい。
ヒーロー基礎学(21.22ページ)その2.
「初対面の気がしなかったんだ…悪かったな」
どうやら信じてくれたようだ。
良かった、と内心で溜息。
個人的には、彼に"事情"が知られても仕方ないと割り切れるのだが、恐らく自分の周囲がそれを良しとしないだろう。
そうなった場合、轟に迷惑がかかる可能性がある。それは何としてでも避けたい事だった。
実際、轟とは10年以上前に1度だけ会ったことがあるのだが、それは黙っておくことにした。
思い出されては、なぜ会ったのかとの記憶まで刺激してしまうかもしれないからだ。
全く、──ここまで気を遣わなければいけないという状況に、頭が痛くなる。
自分は何もしていない。
どれもこれも、あの男のせいだ──
ブー ブー
バイブが鳴り、スマホが着信を知らせた。
「出ていいぞ」
ぺこっと頭を下げ、そのまま通話に繋いだ。
誰からの電話なのかは見ずとも容易に想像がついたからだ。
「はい…まだ学校なんだけど」
『分かってる。…余計な事を話すなと釘を刺しておきたかっただけだ。心配するな』
「心配なんかじゃないわよ、クラスメイトとのお喋りを邪魔しないでって言ってるの」
『は、お前にも友達ができるようになったんだな』
「…そういうのは家で聞くから」
じゃあね、と返事を聞かないまま電源ごと切る。
夢主の入学決定直後。1章に入れる予定でした
「あの。これは一体どういう事でしょうか」
職員室にて。
無精髭を生やした男が、書類を見ながら静かに問うた。
少し苛立っているようで、その口調は鋭い。
すると、金髪にサングラスという、彼とは対照的に派手な印象の男が笑った。
「おいおい、お冠かい?カルシウムが足りてねぇんじゃないのか?子供の巣立ちだ、見守ってやろうぜ!!!」
「…俺はあいつの親じゃない」
そんな様子に、ネズミのような小さな生き物がにこっと笑う。
「まあまあ、良いじゃないか!"事情"から逃げずにヒーローになろうと志す…尊敬に値するね」
逆三角の形をした眼鏡を掛けた女性は首を傾げた。
「でもねぇ…個性が知られれば、気付く子供もいるんじゃない?有名ではあるでしょう、この子」
どうするの?との問いに、沈黙が訪れる。
「…隠シ通スシカナイダロウ」
それに答えたのは、白いトレンチコートの男だった。
「でも、どうやって?」
「無個性として通す、とか」
「それだと注目集めすぎないか?」
「…なら、秘密として通す」
フム。
全員の意見が一致した。
そして、
「…やっぱり俺ですか」
視線はそのまま無精髭の男へと注がれる。
「不満なら俺がやるぜ?なんてったって、俺と彼女はナイスでグーッドな関係を築いているからな!」
「誤解を招く言い方はよせ。…説得しておきますので」
金髪男を窘めたあと、無精髭はそう言った。
(個性把握テスト後。3章あたりに入れる予定でした)
夕食後、誰も観ていないテレビ番組が楽しそうにトークを続けている。
それを子守唄に、#NAME1#がソファで微睡んでいると、その顔に影がかかった。
「…"ここで寝るな?"」
#NAME1#が見上げて笑うと、影の正体──相澤は、にこりともせず答えた。
「そうだな。寝るなら寝室へ行け…と言いたいところだが」
今日ばかりは許す、と。
そう続けた。
その意図を掴んだ#NAME1#は、楽しそうに笑う。
「ああ、やっぱり私の判断は正しかったのね」
「お前は存在自体が国家機密みたいなもんだからな…本人に自覚があって良かったよ」
2人が話しているのは、数時間前に行った個性把握テストの件についてだった。
──「適当に投げろ」。
相澤の指示だった。
この意図を正確に吟味し実行できたのは、長年の付き合いと本人の洞察力あってのものだろう。
あれは、「適当」──手を抜け、という意味だったのだ。
相澤は生徒の手前、「除籍処分は生徒の本気を引き出すための嘘」と言っていたが、あれこそが嘘。
そして、#NAME1#には適当に──そう、個性を使わないでこなせ、と命令したのだった。