第8章 月が綺麗だね(逢坂紘夢)
十五夜の月を僕は自室から眺める。
いい夜だ。
こんな夜に月を眺めながらあの子と話したい。
あの子の声を聞きたい。
僕はイヤフォンにじっと耳を澄ます。
小さなあくびの声。
もう眠いのかな?
眠ってしまう前に思い切って電話をかけようか…。
ん…? 彼女がスマホを操作してる。
誰かに電話するようだ。
この電話が終わったらかけようか。
しかし、誰に電話するんだろう…。
男じゃないよな…。
プルル…
……!
僕のスマホが鳴る。
あの子からだ…。
共鳴しないようにスイッチを切る。
「もしもし」
『もしもし、逢坂くん? こんばんは。今、大丈夫?』
「ぜ、全然大丈夫だよ。偶然だね。僕も君に電話しようかと考えてたんだ…」
『本当? 何か用事だった?』
「いいや。別に用事ってわけではないけど…君は?」
『んー…わたしも用事はないよ。ただ寝る前に誰かと話したいなと思って…』
「嬉しいな…僕を選んでくれて。そうそう…君の部屋から月は見えるかい?」
『月? どうかな…。あっ、見えるよ。明るい! まん丸だ』
「うん。今夜は十五夜だよ。あっ…あのっ……。つ…月が綺麗だね…」
『うん…。月が綺麗だね、とても』
「……」
『あれ? もしもし? 電波悪い? 聞こえてる?』
「あ…あぁ、ごめんね。聞こえているよ…」
『なんか今日は眠いからもう寝るね。綺麗な月を見られてよかった。ありがとう』
「うん。きっといい夢を見られるよ。おやすみ」
『おやすみなさい』
電話を終える。
僕の身体の奥が少し震えている。
あの子は「月が綺麗」の別の意味を知っているだろうか?
もし知っていたとしても、きっとそのままの意味で言っただけだろう。
でも僕は「愛してる」って意味で言ったよ。
そして受け取ったよ。
あぁ〜
録音しておいてよかったぁ。
幸せ。死んでもいい…。
fin