第16章 雄英文化祭編
文化祭が終わり、夕暮れに染まった雄英高校。
賑やかだった校内も、片付けとホームルームを終えた生徒たちが帰り始め、少しずつ静けさを取り戻していた。
エリは緑谷と通形が見送りに行き、緑谷自身も後ろ手にりんご飴を下げながら教室を出ていった。
最後まで残っていたおもちは、夕日に照らされた誰もいない教室を見渡した。
机も椅子も、いつもと変わらない。
けれど、つい先ほどまで響いていた笑い声や、文化祭の成功を喜び合ったクラスメイトたちの顔が、鮮明に思い浮かんだ。
初めて挑戦したギター。
緊張で震えた歌声。
そして、ステージから見つけたエリの笑顔。
思い返すたび、胸の奥が温かくなる。
「……楽しかったな」
ぽつりと呟き、おもちは教室をあとにした。
まだ、文化祭の熱が自分の中で冷めていない。
任務のことも、公安のことも、これから向き合わなければならない問題も、今だけは少し遠くに感じられた。
もうほんの少しだけ、この余韻に浸っていたい。
そう思いながら階段を上り、屋上へと足を向けた。
扉を開けると、夕暮れの風が頬を撫でた。
茜色の空には薄い雲が流れ、街並みは柔らかな光に包まれている。
おもちはフェンスのそばまで歩くと、ポケットから煙草を取り出した。
セブンスターのパッケージを開き、一本を指先でつまむ。
火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
肺に広がる刺激に目を細め、静かに吐き出す。
「文化祭、終わっちゃったな」
煙が夕風に流れていく。
フェンスに背中を預け、もう一度、空を見上げた。
楽しかった。
心から、そう思えた。
誰かの顔色を窺い、言葉の裏を読み、任務のために自分を偽る時間ではない。
ただのクラスメイトとして、仲間と笑い合う時間。
そんな当たり前のことが、自分にとってどれほど貴重なものだったのか。
今日、改めて思い知らされた気がした。
「……もう少しだけ」
誰に聞かせるでもなく呟き、煙草をくゆらせていると。
ガチャリ、と屋上の扉が開いた。
「……やっぱり、ここか」
聞き慣れた低い声。
おもちは振り返ることなく、口元に薄い笑みを浮かべた。