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夜の秘め事【裏夢の短編集】【R18】

第10章 ※地獄の底で 君の名前を呼んだ【ヒロアカ 轟焦凍】


冬の冷気が、幼い焦凍の頬を刺していた。
左側の熱を嫌悪し、右側の凍えるような冷たさだけが自分を証明する手段だった。
父親であるエンデヴァーからの過酷な訓練が終わるたび、焦凍は逃げるように近所の公園へ向かった。
そこにはいつも、近くの家に住むが座っていた。


「焦凍くん、また赤くなってる」


の小さな手が、焦凍の腫れた目元に触れる。
その手の温かさは、父親が強いる暴力的な熱とは全く別物だった。
彼女は何も聞かず、ただ焦凍の隣に座り、持ってきた絆創膏を丁寧に貼ってくれた。



その日も、焦凍は震える足で彼女の元へ辿り着いた。
視界が涙で滲む中、目の前にいるだけが、この地獄のような家の中で唯一の光だった。


「……ずっと、一緒にいて」


掠れた声で、焦凍は縋るように言った。
まだ『結婚』という言葉の意味も正しく理解していない子供の、それは切実な生存本能だった。


「僕のお嫁さんになってくれる? ずっと隣にいてよ」


は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの柔らかな微笑みを浮かべた。
彼女は焦凍の小さな手を包み込み、迷いなく頷いた。


「うん。約束だよ、焦凍くん」


その約束が、焦凍の冷え切った心に小さな灯をともした。
焦凍はポケットから、大切に隠し持っていたおもちゃの指輪を取り出し彼女の指にはめると、背伸びをして、彼女のにちゅっと控えめな誓いのキスを贈った。


これさえあれば耐えられる。
明日も、その次も。
だが、運命は残酷な速度で形を変えた。






沸騰するケトルの音。
母親の、悲鳴にも似た絶望の眼差し。
左側に浴びせられた熱湯は、焦凍の皮膚だけでなく、彼の心まで焼き切った。

母はそのまま病院へ連れて行かれ、戻ってこなかった。


「お前を弱くする要素はすべて排除する。……あの娘とも、もう会う必要はない」


エンデヴァーの声は冷酷だった。
公園へ行くことは禁じられ、家の周囲は高い塀で仕切られた。
窓の外、かつて二人で遊んだ公園の方向を見つめても、そこには沈黙が広がるばかりだ。


焦凍は、次第に言葉を失っていった。
母を奪われ、という唯一の居場所からも引き離された。



彼は自分の中に芽生えた温かな感情を、右側の氷で塗りつぶすようにして殺した。





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