第1章 ありがとう、さようなら、ごめんなさい
〝すまない。やはり帰ることはできないようだ。八重のおかげで俺はお兄ちゃんになれた、ありがとう〟
悠仁君を守って逝った貴方が最期に私へ送った言葉。
全力でお兄ちゃんを遂行しているときに、私のことが少しでも心に過ぎったことは喜ぶべきことなのにこんな言葉じゃ素直に喜ぶことなんててできない。
あの瞬間から私の心は海の深いところに沈んでいる。
見えない力で押しつぶされて、息もできない。
それでも、精一杯の力を振り絞って新宿を訪れた。
未だに大きな傷跡を残したまま、手つかずの場所。
ここで脹相は塵となった。
ちょうどその場所で横たわる。
見上げた空は戦いの跡にそぐわないような青空で、白い雲がとても映えていた。
そんな空は水の中から見ているように歪んでいて、ゆらゆら揺れると瞳から涙が零れていった。
涙が染み込むこの砂に彼の欠片は入っているだろうか?
風が吹いてくる。
砂が私の指をからめ、髪を梳き、頬を撫でる。
優しく、優しく。
ああ、貴方はまだここにいるんだね。
貴方の気配をしっかり感じる。
でも、やっぱり貴方はずるい。
貴方は私に触れるのに、私は貴方に触れられない。
そんな世界で私にいつまで生きろと言うのか。
それは長いこと生きてきた私にとっては想像を絶するものなのに。
だから私は、貴方との約束を破ります。
私はこのまま千年生きても、万年生きても、きっとずっと人間。
それならば人間らしく最後のわがままをしたい。
それがどんな結果だとしても。
次に貴方に会ったとき、貴方はきっと怒るだろう。
それとも、『世話のかかる…』と笑ってくれるだろうか。
どちらでもいいから、私は貴方に逢いたい。
そんな私をどうか許してほしい。
私は海へ向かった。