第8章 信じてほしいなんて
「…あるよ」
気怠げな声が割り込んだ。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
部屋の入口に肥前が立っていた。……いつから電話を聞いていたのか。
「肥前……?」
思わず怪訝な声が出てしまう。
肥前は顎で端末を示した。慌ててスピーカーモードに変える。
「おれが体調を見て、事務仕事と顕現のペースを調整した」
淡々と彼は続ける。
「霊力の消耗が激しい状態で無理させりゃ、いずれ本丸が回らなくなるからねぇ。書類だって期限を破ったりしてるわけじゃない。効率の問題だ」
電話の向こうが、静かになる。
「……文句あるか?」
一瞬、息が止まった。
『……』
数秒の沈黙。
『状況は把握した。経過観察とする』
通話は、それだけで切れてしまった。
端末の画面が暗くなる。
部屋の中に、朝の静けさが戻ってくる。
「……」
言葉が、出てこなかった。
「なんで……?」
やっと出た声は、我ながら笑ってしまうくらい間抜けなものだった。
「……別に深い意味はねぇよ。
監視役として、必要な判断をしただけだ」
久しぶり、だった。
誰かに庇ってもらうなんて。
いつも、期待されて、がっかりされて、苦笑されて、怒られてばかりだったから。
「あ!あと、朝飯ちゃんと食いに来いよ」となんでもないことのようにそう言って、ひらりと手を振り、彼は背を向ける。
庇われる資格なんて、自分にはないと思っていた。信じてもらったり、守られたりするなんて、夢のまた夢。
あんな言い合いをしたばかりなのに。肥前は何事もなかったように部屋を出ていく。
ずるずると椅子に背を預けたまま、俺は動けずにいた。
胸の奥が、じんわりと熱い。
『何を斬るかは、おれ自身が決める』
『…文句あるか?』
信じて、もらえたのかな。
……顔の火照りが引くまで。今はこうして、一人で居させてください、神様。