第8章 信じてほしいなんて
頭を冷やすためにも顔を洗って、部屋に戻るともう肥前はいなくなっていた。
「許さないで」なんて言うつもりはなかったのに、つい本音がこぼれ落ちてしまった。
人工的な朝焼けが目に優しい。ああ、今日も生きてる。
布団を片付けると、明るんできた部屋で埃がきらきらと舞うのが見える。
日が昇るともう、あの「声」は聞こえない。寝不足で頭は重いけど、その点は安心である。
でも、昨日の「声」はいつもと違ったなぁと少し思案に耽ってみる。
いつもはもっと、刀剣男士の殺意というかなんというかをぶつけられる感じだから、昨日みたいな苦しそうな声を聞くのははじめてで、思わず「斬らないで」なんて頼んでしまった。
まぁ、俺が色々と甘いのは事実だから肥前に怒られるのも仕方ない。
だいぶギクシャクした関係になってしまったけど、真面目な彼のことだから、仕事の間は何事もなかったかのように接してくれるだろうし特に問題はないか、と結論を出して、執務室の机に向かう。
朝一番に支給端末を起動して、連絡が来ていないか確認することにしているが、今日は特に気が重い。
約束の時間まであと、数分。
(…朝早くからご苦労なことで)
呼び出し音が鳴る。
画面に表示された「政府審神者管理部」の文字を見て、覚悟を決めて通話を繋いだ。
『おはようございます』
何度怒られたか分からない上司の声が電話口から聞こえた。なんで、担当がよりにもよってこの人なんだろう。適当に挨拶を返した。
『審神者、報告書の提出状況について確認したい』
だろうね。
『顕現の進捗も芳しくない。着任からの期間を考えれば——』
淡々とした指摘が続く。
言い訳は用意していなかった。
霊力が足りない、体調が芳しくない、夜に妙なものが聞こえる——
どれも、この人にとっては「自己管理不足」で片付けられるから。
「……申し訳ございません」
この人に何度謝ったことか分からないし、今更傷付くものなんて何もない。
『改善の見込みはあるのか…!』
あぁ、大きな声出すのやめてほしいなぁ。
そんなことを思ったときだった。