• テキストサイズ

天狐あやかし秘譚

第83章 多情多恨(たじょうたこん)


だらんと身体中の力が抜け、命の気配を感じなくなったとき、俺は、自分がとんでもないことをしでかしてしまったことを悟った。

「ああ・・ああ・・あ・・・・」

手を離し、壁際にへたり込んだ。
変色した顔、見開かれた眼、瞬きを忘れたまぶた。

「ああああ!」
這うように、四つ足で俺はまたしても、そこから『逃げた』。階段を転げ落ちるようにおり、靴を履き、伸び放題の髪の毛と、シミだらけのパジャマを着たまま、玄関からまろびでて、ひたすらに走った。

田舎道だ。通行人なんていない。
走って、走って、走って、あぜ道を抜けて、林道を駆け、山に入り、藪を抜け、どこをどう走ったかわからない。見えない追手から逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。

そして、気がつくと、俺は、どこともわからない、森の中
ポッカリと開けた場所に、横たわっていた。

闇雲に走って来て、もう、ピクリとも動けなかった。
疲労、空腹、絶望、怒り、
あらゆる感情が交錯して、とりとめがつかない。泣いていいのか、怒っていいのか、ほうけていいのか、それすらわからなかった。

ポツリ、ポツリ、ポツリ、

頬を、額を、胸を、雨粒が叩いた。
それは瞬く間に増え、身体中が雨に打たれるまでにそれほど時間はかからなかった。

身体が、冷えていく。
何もかも、冷えていく。

力なく、認めもされず、
絶望して、ただ、絶望して、
何者にもなれず、その上、罪まで犯した。

ここにきて、どうすることもできなくて、ただ、冷えていく。

涙が、溢れた。
心から、嗚咽が湧き上がった。

喪失感・・・?違う
罪悪感・・・?違う
怒り・・・?違う

これは、これは・・・・

『悔しさ』

だ。バカにされて、弱く生まれて、与えられずに生まれて、虐げられて、蔑まれて・・・そうだ、そう・・・このまま死んだら、俺は・・・俺は・・・

悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!!
許せない・・・
与えられているものが、生まれつき恵まれているものが
そんなやつがいるなかで、俺がこんなところで野垂れ死のうとしていることが!
なぜ、俺がここで死ぬ?
母親を殺したから?
馬鹿な!俺に何も与えなかった、俺を強く産まなかった、その罪を雪いだだけだ。
なんでだ?なんでだよ!
/ 1039ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp