第52章 愛多憎生(あいたぞうせい)
更に厄介なことに、俺は生まれたときから病弱だった。何かというとすぐに風邪を引いたり、あちこち怪我をしたりした。学校は半分も行かれなかったと思うし、習い事などは全くさせてもらえなかった。
その反面、真白は、健康体で毎日元気に学校に通い、いろんな友だちと遊んだという話を食卓で繰り広げた。そして、『名越家を継ぐものだから』ということで、お茶やお琴、英会話やバレエなど、様々な習い事に大忙しだった。
その全てを真白は完璧にこなしていった。
こんな境遇でなければ、きっと自慢の妹だっただろう。
ただ、俺の心は鬱屈し、名越の家の父母に対しても、真白に対しても、くろぐろとした怒りとも憎しみともつかない感情が渦を巻いていた。
そして、俺が15、真白が10歳の時、事態は最悪の展開を迎える。
俺の病気がとうとう本格的に発症したのである。
激烈な疲労感が俺を襲い、たった一晩にして、白髪が増え、体毛が抜けた。あまりの変貌ぶりを見た父は、慌てて俺を街の大病院に連れて行った。
すぐには診断がつかず、あちこちの病院を引きずり回された。
そして、ついについた診断名は、名前を覚えることもできないような長いカタカナの名前の病気だった。おそらくこの病気を発見したかなにかしたのだろう人の名を冠していた。
先天性の病気だ、と。その症状は老化が通常よりも早く進むもので、通常は40まで生きられない、そう言われた。幼い頃から病弱だったり、骨が折れやすかったり、怪我が治りにくいのは、全てのこの病気の前駆症状だったのだ。
そして、診断がついて間もなく、俺の身体を容赦ない『老化』が襲った。
皮膚にはシワが、髪の毛には白髪が混じる。
骨はさらにもろくなり、手足も萎えてしまい、怪我はさらに多くなっていった。
そして、合併症で皮膚障害が起こり、顔の半分が醜く爛れてしまった。
治療法のない病気。ただただ、進行に伴う身体的な問題への対症療法があるだけだった。医師は無情に告げた『颯馬さんの命は、あと5年、もたないでしょう』と。
望まれ、健康で、美しく、何でもできる真白。
望まれず、死が約束され、醜く、何一つ満足のできない俺。
憎しみが、頂点に達する。
その憎しみは、自分でも意外な形で爆発した。