第37章 愛別離苦(あいべつりく)
「彼女の真名を、返してあげてください」
彼が私にその名を告げた。私は大きく頷く。
やっと、夜が明けてきた。歪んだ屋敷の倒壊跡が、山々の稜線が朝日に浮かび上がってくる。その朝の光の中、彼女はみるみる老いていった。
本来あるべき、死へと向かって。
「やっと分かったよ・・・あなたの名前。これで、もう自由よ。
ごめんなさい。ちゃんと救ってあげられなかった・・・これしか出来なかったよ」
私の目からも涙がこぼれた。
1000年前の過ちに縛られて、ずっとずっと自分を責め続けていた。暗い歪んだ屋敷に閉じ込められ、浮内の家に搾取され続けた・・・。
私は彼女の名を告げた。
「凪子・・・。あなたのお父さんとお母さんがつけてくれた、素敵な名前よ」
凪子の身体が朽ちていく。
神宝である領巾を除き、その衣服も何もかも・・・。止まった1000年の時が動き出した。
気のせいかもしれない、私の願望だったのかもしれない。
でも・・・、最期、塵になって消える時、彼女は・・・凪子は、笑った気がした。
それは、異界で過ごした1000年の間、決して見たことがない、笑顔だった。
領巾の力なんてなくたって、朝日に照らされたその笑顔は、これまでで一番美しい顔だと、私は思った。