第24章 拈華微笑(ねんげみしょう)
別のビジョンが浮かぶ。なにかに襲われたのだろうか、幾筋もの血を流し、四つ足の獣がよろよろと『私』の根本に歩いてきた。幹によりかかり、息をつく。浅い呼吸を繰り返し、目を見開く。そして、それきり、目の光がまるで濁った水面のように失われた。
あとから来た別の獣が、倒れた獣の肉を食んだ。
人の倒れる、同じように。まだ、人里がこれほど近くなかった頃。『私』のもとで座り込み、そのまま動かなくなった人の子がいた。
『腹・・・減ったな』
確か、最後に、そう言ったと思う。
長い時間をかけて、そのものの身体は獣に食まれ、虫に喰らわれ、徐々に変色し、朽ち果て、土に戻った。
内側の硬い部分だけがしばらくは風雨にも耐えていたが、数回の季節の巡りとともに、粉々になり、見えなくなった。
二度と、その人の子が話をすることはなかった。
これは何だ?
動いていたものが、動かなくなる。
話していたものが、話さなくなる。
歌っていたものが、歌わなくなる。
これは・・・なんだ?
ある時、人の子の親子が『私』のもとで話していた。
「おとうは、どこ行ったの?」
子は母と思しき者に問いかけた。
「おとうは、死んでもうた。もう、帰ってこんよ」
死・・・
死とは?
『私』が私と向き合っている。
振り分け髪、赤い着物の木霊と、
浦原綾音が闇の中、向き合う。
私達の横には、大きなけやきが光り輝くようにたっている。
木霊が私に言った。
「死とは、もう花を咲かせないということか、
死とは、もう、実を結ばないということか、
死とは、もう、葉が青々と木々を飾ることがないということか」
そして、もう私は、二度とあの人と抱き合えぬということか・・・
『死』の概念が永遠にも等しい命を持つ樹の精霊の心に構成されていく。深く、深く理解する。これまで見てきた様々な『死』が魂の中で結びつき、確かなイメージとなっていく。
そして、それがわかった時、彼女の、そして私の胸に、あふれるような悲しみが満ちてきた。
「ああああああああ!!!」
木霊は顔を覆い天を仰いで絶叫した。
世界が歪む。私と、木霊の意識が溶け合い、混ざり合い。彼女の悲しみは私の悲しみになった。
嘘だ・・・嘘だ嘘だ・・・
必ずと言った、必ず帰ると!