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天狐あやかし秘譚

第109章 寤寐思服(ごびしふく)


「御九里さんは、お部屋で座っていてくださいね」

『お部屋』と言うほど大した部屋ではない。うちはキッチン兼ダイニングと、寝室に使っている部屋が一室あるだけだった。その寝室もベッドを置いたらほとんどスペースは塞がれてしまい、かろうじて普段着る服を入れている衣装棚が置いてあるくらいだった。念の為にと椅子をもう一脚買っておいてよかったと、ここに住んで初めて思った。

ビーフシチューは鍋ごと持ってきたようで、そのまま火にかけていた。バゲットを切って軽くオーブンで焼き色を付けている。その傍らで持ってきたサラダを盛り付けていた。

あっという間にテーブルの上にビーフシチュー、サラダ、バゲッド、加えてうちの冷蔵庫にあるもので作ったらしい新玉ねぎのサラダとアスパラのチーズ焼きが並んだ。

はっきり言って、このダイニングテーブルにここまでの料理が並んだのは初めてのことだった。

「さあ!召し上がれ!」

エプロン姿の彼女は、すとんと俺の隣に座ると、にこりと笑う。そして、当然のように、スプーンを取り上げて、ビーフシチューをすくうと、『ふう、ふう』と息を吹きかけ冷まし始める。

「え・・あ?な・・・何を?」
「え?何をって・・・食べさせて差し上げるんです」

料理という、自分のフィールドの事柄をこなしたからだろうか、彼女からは変な緊張がなくなっていた。むしろ、俺の方が硬くなっていたくらいだった。

「いや・・・ひ、一人で食えるよ・・・」
「駄目です!このシチューのお肉、大きいので、ナイフが必要ですし、それに何より、御九里さんがやけどしちゃったら大変です!」

そう言いながら、ちょっと唇にビーフシチューをつけて、うん、と頷く。そのまま俺の口元に持ってきて、「はい♡」と。

は・・・ハートマークが見える・・・

俺は、そんな日暮の言葉ひとつひとつにいたく動揺をしてしまう。しかし、一旦受け入れると決めた以上、ここで、やっぱりイヤだなどとは言えないので、大人しく口を開け、ビーフシチューを食べさせてもらった。

端的に言って、それはとても美味しかった。

「お・・・おいしい」

思わず素直な感想が漏れる。その時、ぺろりと日暮が唇についたシチューを舐めた。
「へへ・・・間接キス、ですね♡」

またもや見えたハートマークに、俺は一瞬くらっときてしまう。
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