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天狐あやかし秘譚

第102章 能鷹隠爪(のうよういんそう)


銃は効かないと悟ったマーカスは、手元に用意した愛用のナイフを鞘から引き抜いた。独特の湾曲した形状、鈍い光を放つそれはククリナイフと呼ばれるものだった。ただ、マーカスの持つナイフが通常と違うのは、その刃渡りだった。約1メートルほどはある。その分重量があり、破壊力は桁違いだった。

くるくるとククリナイフをヌンチャクよろしく振り回す。遠心力を蓄え、最強の一撃を繰り出すためだ。その動きには隙がなく、ヴァルキリーも攻めあぐねているのか、やや距離を取り、油断なく男の挙動に目を配っていた。

ヒュンヒュンヒュン・・・

刃が風を切る音が、夜の静かな海に不気味に響く。
互いに円を描くようにジリジリと足を運び、隙を探り合う。

ふわりと沖からの風が、ひとつ、過ぎた。

瞬間、マーカスとヴァルキリーの双方が、まるで呼吸を合わせたかのように同時に甲板を蹴る。一気に距離が縮まっていく。マーカスが肩越しにククリナイフを振り下ろすのをヴァルキリーが紙一重で見切り、最小限の動きで躱す。

があぁっ!!

ヴァルキリーがその身体の傍らをすり抜けるように通り過ぎると、マーカスがのけぞって倒れた。その胸にエックス字型の爪痕が痛々しく残る。

「黒猫の爪斬撃(スヴィブル・ネイル)・・・」

両の手の先から血を滴らせた黒猫は、ついに舳先に【レディ】を追い詰めていく。彼女は慌てて携帯を取り出そうとした。

「無駄よ。下のお仲間は、すでにみんなおねんねよ」
「お・・・お前、何者だ!陰陽寮の者か!
 そうだ・・・鴻上、鴻上はどうした!?」

すうっと、ヴァルキリーが右手を上げる。人差し指を伸ばし、その爪先を【レディ】の眉間に合わせた。

「罪もなき乙女の純潔を犯し、私腹を肥やそうとするその罪・・・許しがたし!
 その闇、綺羅羅黒猫戦乙女(ブラックキャット・ヴァルキリー)が、打ち祓う!!」

「な・・・」
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