第8章 神のみぞ知る
私が書類の山に一息ついた、そのときだった。
「主、根を詰めすぎるのもよくないぞ」
いつの間にか、隣に三日月宗近がいた。
より正確に言うと、隣というより、ほとんど触れ合うような距離である。全くいつもの如く、偵察スキルの活かし方がおかしい。
……それにしても、近い。近すぎる。
書類から顔を上げて、彼の方を睨むと、覗き込むようにこちらを見ている。
相変わらずお麗しいお顔である。
「……三日月さん、いつからそこに」
「さてな。主は随分と真剣な顔で考え事をしていたようだったが」
距離を取ろうと椅子を引くが、なぜか同じだけ詰められる。逃げ場がない。
「あの、本当に、近いです」
「そうか?俺はもっと主と触れ合いたいくらいだが」
悪びれる様子は一切ない。
どうやら、これが彼なりの気遣いらしいと理解できてしまう自分が、少し悔しい。
視線を逸らし、深く息を吐いた。
「触れ合うこと自体は悪くないですよ。でも……」
言葉を切った私に、三日月は一瞬きょとんとした表情を見せた。無言で続きを促される。
「…でも、たまには、逃げてもいいですか?」
諦めの悪い私に彼は笑った。
「はは。それは無理だな」
今度は私がきょとんとした。
「なんでですか?」
「俺が、俺たちが、主をもう逃がさないからだ」
そう言って彼は私を抱きしめた。柔らかな狩衣の腕の中はやっぱりどこか懐かしい匂いがした。