第2章 寂しいネコ
「右半身を下にした方が寝やすいって、言ってたじゃないですか・・・」
今、俺は左半身を下にしている。音子に背を向ける格好だ。
「たまには逆を向きたくなることもある」
「じゃあ、また代わってください」
また代わるが、当然のように今度は右半身を下に。音子に背を向ける。
「むー・・・」
音子が唸るのに、構わずにいると、ガバっと上に乗ってきた。前にも言ったが、こいつは意外と胸がある。こんなふうにされると、胸が押し付けられてきて、変な気持ちになる。やめろ。
「市ノ瀬さん、ずるいです。音子の方を向いて寝てください。」
「ちょ・・・ま・・・重い・・・」
「女の子に重いって言っちゃダメなんですよ。これは法律で決まっています」
「決まってねーよ」
「音子の方を向いてください。じゃないと・・・・寂しいです」
え?
乗っかってきた音子の顔を見る。うっすら目に涙を浮かべていた。
「音子はここに来るまでずっとひとりでした。
ここに来て、市ノ瀬さんがいて、毎日、毎日、一緒にご飯食べてくれたり、お買い物に連れて行ってくれたり、ひとりじゃなくて、嬉しいです。
でも、市ノ瀬さんは昼間お仕事でいません。
その時、音子は我慢しています。
だから、帰ってきたときくらい、寝る前の少しの時間くらい、お背中じゃなくて、お顔を見たいです。
音子はずっと、ずっと、寂しかったから・・・。」
音子の目からあふれた涙が頬を伝って俺の額に落ちる。
一滴落ちると、次々と落ちてきた。
うぐぅ、えぐっとしゃくり上げながら、音子が俺の身体の上で泣く。
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。鼻水までたれてきそうなのを見て、ついに俺は音を上げた。
「だー!わかったよ。まずはその顔を拭け!鼻をかめ!!」
ティッシュを渡すと、音子は大きな音を立てて鼻をかみ、涙を袖口で拭った。
「市ノ瀬さんが私を避けているのは知ってます。でも、でも、お顔を見るのくらいは・・・それくらいはいいじゃないですか・・・」
そう言って、わーっとまた泣き始めた。
俺は目頭を押さえてうつむく・・・。別に避けているわけではないのだがな。
根負けした俺は、この日初めて音子と向かい合って布団に入った。俺が見ているのに安心したのか、横になって5分もしない内に音子はすーすーと軽い寝息を立て始めた。