第2章 依依恋恋 二話
凪の返事を聞いた後、光秀が衣擦れの音を立てて立ち上がった。話の脈絡がいまいち理解出来なかったらしい凪が驚く中、さも当然とばかりに男が振り返る。
「駅まで送る。この辺りは夕刻になると人通りが少なくなるからな。女の独り歩きは危険だろう」
「そんな!?先生に送って頂くなんて悪いですよ……!!」
「新しい担当殿に万が一の事があってはこちらも目覚めが悪い。男の好意は素直に受け取るものだ」
誰の好意でも無条件に受け取って良い、という訳でもないが。とはさすがに飲み込んだ。悩むような素振りを見せていた凪だが、好意を無碍にするのも悪いと感じたのだろう。至極恐縮した様子で頭を下げ、御言葉に甘えさせて頂きます、と困り顔のままで光秀へ告げたのだった。
♢
助手席へ凪を乗せて扉を閉めた後、自身も運転席へ乗り込んだ。滅多に公共交通機関を使用する事のない光秀の移動手段は、もっぱら自家用車だ。然程のこだわりもなく選んだ真っ白な車は所謂高級車の部類らしいが、生憎と車種すら覚えていない。夕日が車窓から射し込む中、最寄りの駅までさして車では時間のかからない道を走らせる。
(前に凪を乗せ、馬で駆けていた頃が少々懐かしく思えるな)
五百年経った今では、もう乗馬する機会など趣味の一環程度でしかなくなってしまったが、凪と再び並び合う事が出来たのは純粋に嬉しかった。
「あの、先生」
「どうした」
車に乗り込んでから、かっちりと緊張した面持ちでいた凪が不意に声をかけて来た。正面を見ながらハンドルを握る光秀の視界の端に、凪のはにかむような笑顔が映り込む。
「私、凄く緊張してたんですけど……先生のお陰で何とかやっていけそうです。新しいお話も楽しみだし、皆が喜んでくれるような作品を作りたいって、やる気がますます湧いて来て……!」
「ほう?それは何よりだ」
「改めてよろしくお願いしますね、先生。私、先生に頼ってもらえるような立派な担当編集、目指して頑張ります!」