第2章 依依恋恋 二話
(……道理で光忠の表情が思わしくなかった訳だ。まあ無理もない)
今生でも何の因果か従兄弟となった光忠は、光秀が凪を探している事を随分前から知っていた。日頃は淡々として顔色ひとつ然程も変えないそんな光忠が、何かを堪えるような表情をしていた事にも合点がいく。茶を煎れるくらいしか光秀にとってはあまり用途のないキッチンへ向かった従兄弟の背を見送る事なく、光秀は座卓越しに対峙した凪を見た。
(さて、どうしたものか)
凪には、五百年前の乱世で共に過ごした記憶がない。それは光秀に対する対応を見れば明らかだ。今生の彼女は調薬関連の職ではなく、まったく前世とは縁も所縁もない編集者になったらしい。新人よろしくきりりと髪を結い上げている様は何処か微笑ましく、同時に白い項(うなじ)が露わになっている様がどうにも心配になる。
これまで光秀の元へ担当編集として現れたどの女よりも清潔感のある、良くも悪くも素朴で愛らしい彼女は、五百年前に光秀と出会った時よりほんの少しだけ歳を重ねているようであった。印象的とも言える大きな猫目が少し落ち着かない様子で座卓の天板を眺めている様を前に、光秀がくすりと小さく笑う。
「!?な、何でしょう……!?」
「いや、まるで警戒心を露わにした仔猫のようだと思ってな」
「仔猫!?」
びく、と拾って来た野良猫の如く凪が細い肩を跳ねさせた。毛を逆立て、びくびくと怯えながら相手との距離感を計っているような様には、何となく既視感がある。それでも五百年前に初めて彼女と出会った時よりは、まだ仕事相手として接している分、幾らかはましと言うべきか。目を丸くして見開く姿もまた、記憶の中の【凪】と何も変わらない。その事実に仄かな安堵を抱きながら、光秀が瞼を伏せて穏やかに笑む。
「ああ……そう心配せずとも、取って食いはしない。もう少し肩の力を抜くといい」
「す、すみません……私、新人で……作家さんを担当させて頂くの、先生が初めてなんです。なので凄く緊張してしまって……」