第1章 依依恋恋 一話
───凪、と何故か彼にそう呼ばれた気がして、我に返った彼女が慌てて入口へ立ったまま頭を下げる。
「あ……初めまして、天下統一出版社の結城凪と申します。本日から明智先生を担当させて頂きます。まだまだ若輩ですが、精一杯努めさせて頂きますので、何卒よろしくお願い致します」
ぎゅっと瞼を閉ざしたまま、頭を下げている凪は気付かなかった。彼女が名乗りを上げた刹那、男の表情がほんの僅かだけ歪んだ事を。凪の後方へ控えていた男も、何処となく苦しげに瞼を伏せている。それ等へまったく気付く事の出来なかった彼女へ、ふと腰を下ろしていた男が声をかけた。
「いつまで頭を下げているつもりだ。信長様より担当が変更になった事は既に聞き及んでいる」
「そ、そうですよね……すみません……」
「まずはそこへ座るといい。光忠、茶の支度を」
「御意に」
光忠、とは凪を最初に出迎えてくれた男の事らしい。何やら妙に時代がかったやり取りだが、それも社内では割りと珍しくない為、ひとまず聞き流す。勧められるままに座卓を挟んで男の正面へ置かれている座布団へ腰を下ろすと、改めて凪は相手を見た。
「どうした、俺の顔に何かついているか」
「いえ……その、先程の男の方と凄く似ているなと思ったもので……失礼ですが、ご兄弟ですか?」
「あれは俺の従兄弟で光忠という。少々性格に難のある男だが、性根はそこまで悪くはない」
「はあ……」
(性格に難があるっていうのは、さっきの初対面の態度の事だよね……もしかして私だけじゃなくて、皆にああなのかな?)
だとしたら出迎えや案内役には向かないと思うが、という言葉はひとまず心の内へしまっておく。社内もかなりのイケメンが揃っていると同業界隈のみならず、多方面でも有名だが、目の前の男も決して引けを取らない。