第1章 群青色の恋(冨岡義勇)
「蜜団子を二つ頼む…」
鴉からの伝令で、山を3つ程越えた町にやってきた。
山3つと言っても、柱の足ならば数時間で着いてしまう距離。
それに、この町には数カ月前にも一度来たことがあり、何となく道を覚えていた。
鬼が出現するとされる夜まではまだまだ時間があり、夕方にもなっていないような時間では、近辺の偵察にも早すぎると判断して団子屋に入った。
それにしても…人が多い。
しかも、男性客が多い。
甘党の男が多いのだろうか…?
女性ではあるが、甘露寺の顔がぼんやりと思い浮かんだ。
『あの……』
一人の店員がおずおずと話しかけてきた。
注文をし終えたのに、なかなか立ち去らないとは思っていたが、のんびりと紙に書き留めているのだろう、と気にもならなかった。
顔を上げると、ハッとするような美しい娘が立っていた。
と同時に、何人もの突き刺すような視線。
なるほど…
「……何か用か。蜜団子は売り切れか?」
娘は焦りながら胸に手をやり、口を開いた。
『…軍人様、あの…3ヶ月程前、夜この町にいらした方ではないですか?』
「…3ヶ月程前?」
確かに以前この町で鬼を斬ったのは、それくらい前だったか…
「いたと思うが…それがどうかしたか?」
それを聞いて娘は目を見開き、ちょっとお待ち下さい、と店の奥に入って行った。
すぐに戻ってきた娘は
『これ……あの時軍人様にお借りした物です。
本当に…ありがとうございました。』
と言って、手巾を差し出した。
確かに俺の物だった。手巾は綺麗に畳まれていた。
「これは……あの時の。」
俺はこの娘が、あの夜、鬼から救った娘だと気付いた。
「…母親はどうだ?」
娘の傍らにいた母親は鬼に切りつけられ、既に大量に血を流して青ざめており、鬼化もしていない様子だった。
他にも鬼がいるかもしれないと周辺の捜索に向かいたかった俺は、近隣住民も集まり出したため、娘は大丈夫だろうとその場を立ち去っていた。
娘はフルフルと首をふり、涙を浮かべた。
「…そうか。」
という事はこの娘も遺族…
「辛いだろうが、母親の分まで生きろ。
それが母親への一番の孝行になる…」
『……はい。』
娘は力なくニコリと笑うと、少しお待ち下さいと奥に入って行った。