第12章 (短編)ある日の話(槙寿朗)※
お互い浴衣を着直し正座をして向かい合うと同時に土下座をする。
「「………。」」
土下座をしたままお互い顔を上げると目が合う。
「ふふふ」「ふはは」
「お互い今夜の事は無かった事に。」
「そうだな…瑠火殿に悪い事をした。」
「いや、瑠火の事はいいんだ。もう随分昔の話だ。割り切っている。心配なのは杏寿郎のことだ。息子の将来の嫁に手を出してしまった。」
困ったように笑う槙寿朗を見て柊も眉を下げる。
「杏寿郎の事は好きだが、嫁にはなれないと思う…。私はこの世界の戸籍がない。婚姻は無理だろう。名のある名家煉獄家に私のような流れもの相応しくない。」
「相応しいかどうかは杏寿郎が決める事だ。なに、なんなら俺の嫁になってもいいんだ。隠居した身なら自由だろ。」ニカッと笑う槙寿朗に柊もはははっと笑い、「考えとくよ。」と笑い合った。
柊は立ち上がると自室に戻るようだ。
「薬、ありがとう。また頼むかもしれないが、その時は普通によろしく頼むよ。」
槙寿朗は柊が出ていった襖をしばらく見つめると、ガシガシと頭を掻き、大きなため息をつく。
(面倒な事になった…。まさか杏寿郎と同じ女に惚れるとは…。)
千寿郎にだけはバレないようにと願いながら槙寿朗は眠りについた。
おしまい。
次ページ後書き。