
第1章 二人だけの美術館

二人だけの美術館
夏の夕暮れ時、美術館の重厚な扉がみそらのために開かれた。閉館時間を過ぎ、静寂に包まれた空間に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。横には、いつも音楽の中でしか会えないはずの米津玄師さんが立っていた。
「貸し切りって、すごいね…」
みそらが呟くと、米津さんは少しはにかんだように笑った。「でしょ? ちょっと無理を言ってみたんだ。君と二人で、ゆっくり見たかったから」
彼の言葉に、みそらの胸が小さく高鳴る。広いエントランスを抜け、最初の展示室へ。薄暗い空間にスポットライトで照らされた絵画たちが、息をひそめるように鎮座している。
二人はゆっくりと、一枚一枚の絵と向き合った。米津さんは絵の前で立ち止まり、じっと見つめたり、時には顔を近づけて細部を覗き込んだりする。彼が絵から何かを感じ取ろうとする真剣な横顔に、みそらは見とれてしまう。
ある抽象画の前で、米津さんがふと口を開いた。「これ、見る人によって全然違うものに見えるんだろうね。僕は、なんだか深い海の底にいるような気がする」
みそらはその絵を改めて見つめる。「私は…嵐の前の空みたいに見えるかな。色のぶつかり合いが、感情の渦みたいで」
二人の間で交わされる言葉は、絵画を介した新しい発見のようだった。普段は聞けないような、彼の繊細な感性や独特の視点に触れるたび、みそらの心は温かくなっていく。
彫刻の展示室では、米津さんが腕を組み、様々な角度から作品を眺めていた。「これ、後ろから見ると全然印象が違うんだね。正面からだけじゃわからない、隠された魅力がある」
そう言って彼が示した通りにみそらが回り込むと、確かに作品は異なる表情を見せていた。彼の言葉はいつも、物事の多面性を教えてくれるようだった。
最上階の窓からは、街の灯りがきらめいていた。二人で並んでその夜景を眺めていると、米津さんが静かに言った。「今日はありがとう、みそらちゃん。君と来れてよかった」
「私の方こそ…夢みたいだった。こんな素敵な時間をありがとう、玄師さん」
みそらの言葉に、米津さんは柔らかく微笑んだ。その笑顔は、美術館の静謐な空気の中で、ひときわ輝いて見えた。
出口へ向かう帰り道、みそらは今日の出来事を一つ一つ大切に胸に刻んでいた。二人だけの美術館デートは、まるで美しい音楽のように、みそらの心に深く響き渡ったのだった。
