第7章 「残るのは、君だけ」
応接室の扉の前で、五条は立ち止まった。
向こう側にいるのは、京都校学長にして保守派筆頭でもある――楽巌寺嘉伸。
(のこと、気づくの早すぎるだろ……)
古びた扉を、五条はためらいもなく押し開けた。
わざと勢いよく、蝶番がきしむ音を響かせながら。
中には、長椅子に腰掛けた夜蛾正道の姿もあった。
その向かいには、白髪の老人――楽巌寺嘉伸。
二人の間に漂う空気は、張り詰めた糸のように重く冷えている。
五条が一歩足を踏み入れた瞬間、二対の視線が同時にこちらを射抜いた。
空気がわずかに揺れる。
「おじいちゃん、わざわざ京都からご苦労なことで。年寄りが無理すると体に障るよ?」
「相変わらず口の減らん男だな、五条」
かすれた声が低く落ち、室内の緊張がさらに深まる。
「――さて、今日は何の用?僕、忙しいんだよね」
五条はそう言い放つと、長椅子へ歩み寄り、何の遠慮もなく腰を下ろした。
片肘を背もたれに預け、ゆったりと足を組む。
楽巌寺は長い沈黙の後、唇をわずかに動かす。
「……“悠蓮”という名に、聞き覚えはあるか?」
その一言で、部屋の空気がさらに冷たくなる。
五条はわざとらしく肩をすくめた。
「ずいぶん古風な名前だねぇ。流行ってんの? 京都で」
「とぼけるな」
老人の瞳が一瞬、鋭く光った。
「――あの娘だ。“”」
目隠しの奥で、五条の視線がわずかに細まった。
次の瞬間、その笑みがぴたりと止まる。
「千年前、呪術界に背き処刑された“異端者”の魂を宿す器。悠蓮の名を冠する者……お前も気づいているのだろう」
重苦しい沈黙が落ちた。