第5章 「境界に口づけて」
――泣いてたよな。
庫の中に一人残されて、五条はぼんやりと鉄扉を見つめていた。
さっき駆け出していった少女の背中が、まだ脳裏に残って離れない。
(……なんであんな顔、したんだろ)
怯えてるだけじゃない。
泣き出しそうで――でも、何かを隠すような顔。
(僕、なにか地雷踏んだ?)
(それとも――もっと別の理由?)
は変わってる。
呪力がないのに未知の力、呪霊と向き合って、それでも諦めないで立っている。
ただの生徒なら、それでいい。
……はずなのに。
(なんか、放っとけないんだよな)
思考がそこで止まる。
理由はわからない。
でももう、「ただの生徒」って言葉がしっくりこなかった。
五条は目隠しの奥で目を細め、吐息をひとつ。
「はぁ……めんどくさ」
口に出した瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
(ほんとはこういうの、嫌いなんだよな)
他人の感情に踏み込むこと。
誰かの痛みや秘密を探って、どうにかしてやろうなんて考えること。
そんなのは――自分の性分じゃない。
いつもなら軽くあしらって、
「まぁいっか」で終わらせる。
そうやって距離を取ってきた。
(……それなのに)
指先に残る震えの感触が、じわりと頭に広がっていく。
あの時の顔が、離れない。
(放っときゃ、そのうち落ち着くだろ。……それで終わり、のはずだろ)
――なのに。
胸の奥がざわつく。
無関心を装うには、もう遅かった。