第16章 「心のままに、花が咲くとき」
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ピッ、ピッ
真っ暗な中に電子音が響いている。
目を開けようとしても、まぶたが重くて動かない。
頭がズキズキと痛む。
喉がひどく乾いていて、唇はぱさついていた。
(……ここ……どこ……?)
(私……死んだの?)
身体に力を入れようとしても、まるで誰かのものみたいで動かなかった。
柔らかくて、清潔なシーツの感触。
そして、どこかから微かに薬品の匂いがする。
ようやく、まぶたがわずかに開く。
滲む視界に、白い天井とぼやけた蛍光灯の光。
(……生き、てるの……?)
脇腹に、ズキンと鈍く鋭い痛みが走る。
思わず息が詰まり、喉の奥で乾いた音が鳴った。
痛みが現実を突きつけてくる。
ゆっくりと視線を横へ向ける。
ベッドサイドのテーブル――その上に、異様な光景が広がっていた。
山積みの、お菓子の箱。
八ツ橋、萩の月、三方六、博多通りもん……。
見慣れたラベルもあれば、見たこともないような地方銘菓もある。
(……こんなにたくさん……)
誰が置いたのか、聞かずとも分かってしまう。
ずるくて、意地悪で、強引で……
でも、どうしようもなく優しいあの人。
(……先生)
頭の中でその姿を思い浮かべた瞬間だった。
カツ、カツ、と、硬い足音が廊下を渡って近づいてくる。
少しの間を置いて、ノックもなくドアが静かに開いた。
その音に心臓が一瞬だけ跳ねる。
入ってきたのは――
見慣れた白衣姿の女性だった。
長い髪を無造作に揺らして、電子カルテの端末を片手にまっすぐこちらへ歩いてくる。
(……硝子さん……)
私の視線に気づいたのか、硝子さんの表情がふっとやわらいだ。
端末を脇に置きながら、私のそばに腰を下ろす。
そして、私の手を優しく取った。
「……良かった。やっと目が覚めたか」
その声がじんわりと、胸の奥に染み込んでいく。
私はただ、瞬きを返すことしかできなかった。
「意識はまだぼんやりしてると思うから……無理しなくていい」
硝子さんはそっと私の手を離すと、手慣れた動作で点滴の滴下速度を調節する。