第14章 「その花は、誰のために咲く」
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……バタン、と背後で扉が閉まる音が響く。
夜の廊下は静かすぎて、その音がいつまでも耳に残った。
足音だけが響く長い廊下を歩く。
でも、しばらく進んだところで、ふと足を止めて――
「……っっっ、むっず!」
五条は腹から溜め込んだ吐息とともに、しゃがみ込む。
手で後頭部をがしがしとかいて、ため息をひとつ。
(マジで……あの年ごろの子、何考えてるの?)
けど、のあの顔――
あれは、ただの疲れとか、任務のストレスとか、そういう軽いもんじゃなかった。
(……キスして、あんなふうに泣かれたら……)
あの拒絶は、結構こたえた。
あんな顔、させたかったわけじゃないのに。
「……この僕が……凹んでんじゃん」
そう呟いて、自分で笑った。
(だけだよ、こんなに僕の感情、ぐちゃぐちゃにすんの)
(……やっぱ、京都でちょっと――いや、かなり、強引だったか?)
そんなことを思っていた、そのとき。
「五条先生?」
背後から、不意にかかった声。
振り返ると、廊下の先に恵の姿があった。
「……恵?」
「何してるんすか、そんなとこで」
「いや、別に?」
ごまかすように立ち上がると、恵はほんの一拍置いてから真っ直ぐに見つめて言った。
「――伝えておきたいことがあります。
の件で……」
夜の空気が、ぴんと張りつめた。
五条の表情から、笑みが消えていく。
夜の廊下には、もう足音も声もない。
二人の影だけが、薄い月明かりの中に静かに伸びている。
風も、時間も、どこか遠くへ行ってしまったような――
そんな、言葉より重い沈黙が、そこにあった。