第3章 「眠りの底で、目覚める」
「……っ!」
温もり。
広い腕。
耳元で息づく気配。
「――落ち着いて」
低く、柔らかい声が響く。
「大丈夫だから」
の全身がびくりと震えた。
その声だけで、夢と現実の境界がひとつに溶けていく。
(……先生……)
頭が真っ白になった。
夢がまだ終わっていないような感覚が、体の奥を冷たく締めつける。
なのに――この腕の温もりが、ひどく心地よい。
胸に押し付けられた頬に、五条の脈打つ鼓動が伝わってくる。
そのリズムが自分の荒い息と混じり、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
熱い。
腕の内側から、彼の体温が流れ込んでくる。
ダメだ、と頭ではわかっているのに、は抗えずその胸に体を預けた。
「もう大丈夫。……僕がここにいる」
耳元で、優しい声が何度も重ねられ、心に深く染み込んでいく。その言葉が、怖さも、戸惑いもすべて覆い隠した。
どれくらいそうしていただろう。
時間の感覚がわからない。
ただ、五条の胸の音と呼吸だけが、世界のすべてだった。
やがて、その声が少しだけ離れる。
「……」
名前を呼ばれて、は小さく肩を震わせた。
「何があったの?」
柔らかい声。
けれど、その奥に確かな真剣さがある。
は答えられなかった。
声を出そうとしても喉が塞がり、言葉が出てこない。
沈黙を見て、五条はそれ以上追及せず、もう一度彼女を抱き寄せた。
「……そっか。無理に話さなくていいよ。僕、こう見えて聞き上手だからね。話したくなったら、話してよ」
冗談めかしているのに、優しさが滲んでいた。
その一言が、余計に胸を締めつける。
は瞼を閉じ、その胸の奥に残る熱と脈動を感じながら、すべてを預けた。
――夢は終わったはずなのに。
瞼の裏には、まだあの女の瞳が焼きついている。
そして、胸の奥には。
先生の温もりが、消えないまま残っていた。
どちらが夢で、どちらが現実なのか。
もう、自分でもわからなかった。
――でも、ひとつだけわかる。
私はもう、昨日までの私じゃない。