第10章 「花は焔に、焔は星に」
足音だけが、やけに響いていた。
無機質な白い床に、五条悟の影が細長く伸びる。
搭乗口に向かう数人の乗客が、走り抜ける彼の姿にちらりと視線を投げたが――
彼は一瞥すら返さず、ただまっすぐに空港の奥へと駆けていく。
「…………!」
小さく、しかし確かに声が漏れる。
息が切れるほどの距離ではない。
だが、心臓の鼓動だけが焦燥とともに加速していく。
(どこだ……どこにいる)
六眼を凝らし、あらゆる反応を探るが――の姿はどこにもない。
「……こんなことなら、に僕の呪力、流しておけばよかった」
ほんの冗談のような、それでいて本気のような呟き。
それは誰にも届かず、静かな空港の空気に消えていく。
――そのとき。
視界の端、手荷物検査の列に差しかかろうとするひとつの影。
長い黒髪。小柄な体躯。
まっすぐ前を見て、立ち止まらずに進んでいく。
(……まさか)
確信はなかった。
だが、心が先に走った。
五条はその背へ向かって駆け寄る。
そして――
指先が、彼女の肩にふれた。
(……)
瞬間、すべての音が遠ざかる。
彼女が、振り向いた。