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【呪術廻戦/五条悟R18】魔女は花冠を抱いて眠る

第9章 「あなたの知らないさよなら」


先生は、何も言わずにキスをした。
そして、私も――何も言わずに受け入れた。


「好きです」なんて、言えなかった。
言ってしまったら、もう離れられなくなる気がして。
あの腕の中で、すべてを捨ててしまいそうだったから。









――いや、違う。


私は、弱くて、ずるくて――
結局、最後まで、先生の気持ちを確かめることができなかった。


ほんとは分かってた。
あのとき、あの部屋で、「好き」って言えばよかったって。
そしたら、何かが変わったかもしれないって。


でも、言えなかった。


先生が、どう答えるかが怖かった。
もしも、何も言ってくれなかったら。
拒絶されたら。


それが怖くて。
だから私は、「また明日ね」なんて、
嘘の笑顔で言って、振り返らずに扉を閉めた。


――ほんとうは。
ただ、ぶつかるのが怖かっただけなのに。


少しだけ、目の奥が熱くなる。
涙じゃない。……たぶん、悔しさだ。


(これは言えなかった弱い自分への罰なんだ)


自分にそう言い聞かせながら、
私は立ち上がる。



違う名前で生きる。
すべてを捨てて、私を消して、ただあの人を遠ざける。


そうすることでしか――
私は、この恋に終わりを与えられなかった。






「――便でご出発のお客様、ただいまより搭乗口Cにてご案内を開始いたします」



スピーカーから流れる、女性の穏やかな声。
その音が、冷えた空気の中に溶けていく。


そっと立ち上がった。
手にしたショルダーバッグを肩にかけ、足元のキャリーケースの取っ手を引く。


静かなロビーに響く小さな車輪の音。
振り返らない。もう、ここには何も残さない。


(先生、さようなら――)


心の中でだけ、そう呟いた。


たとえ届かなくても。
たとえ、忘れられてしまっても。


それでも私は――
あの夜のぬくもりを、ずっと、忘れられないと思う。










……そのときだった。


不意に、背後から肩を叩かれた。


振り向いた。反射的に――
けれど、そこに立つ人影を、すぐには認識できなかった。



空港のざわめきも、足元のスーツケースの音も、遠くなる。



目の前にいるその人だけが、くっきりと浮かんで見えて――
まるで、時間の流れから切り離されたように思えた。
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