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目を転ずる話

第1章 滑る話




「僕さ、滑る才能あるんだよ。物理的にも、会話のノリ的にも。万能型スリップマンって感じ?」


最初の一言で空気を笑いに変えて、僕は平然と喋り続ける。君に気取られないように。


「でね、ある日ふと思った。“これって能力じゃね?”って。“目を欺く力”っていう……視界をちょっとだけズラして、平坦な道に見えないスリップゾーンを発生させる能力。凄くない? 平面なのに滑るんだよ?未来じゃん」


ふざけたテンション。でもその言葉の端には、どこか曖昧で、やけに丁寧に選ばれたニュアンスがある。


「たとえば、まっすぐな床を歩いててさ――いきなりズサッと滑る。で、“どうしたの?”って聞かれて、“あ、床が濡れてて……”って。水もワックスもないのに、勝手にそう答えてた。うまいよね、僕。職人芸ってやつ」


にやっと笑って、指で空中に「スリップ注意」って描くジェスチャーをする。


「で、結局そのうち自分でも“どこで滑ったか”よく分からなくなるんだよ。“転んだ”のか“押された”のか、それともただ“何もなかった”のか……もう境目が消えるの。あは、バグってるよね僕」


わざとテンポを速めて、追いつかせないようにしてる。君が“考える隙”を持たないように。


「昔からケガが多くてさ。“また滑った”って言えば、みんな納得する。“ドジだな〜”って笑ってくれる。痛そうでも、“そっかそっか”で終わる。そういうのが一番、都合よくて好きだった」


その“好き”は、ただ、“やりすごせる”っていう安心。


「で、今でも言うんだ。“また滑った”って。ほんとは何にもなかったのに。“階段で?”“床で?”って聞かれると、なんか安心するんだよね。ああ、僕の嘘、今日も上手く効いてるって」


冗談で話してるはずなのに、口の中に少しだけ残る、鈍い後味。


「ほらまた滑った。なにもない場所で、またひとりで」


あぁ、ミスっちゃった。


言ってすぐ、自分で分かった。嘘に混ぜたはずなのに、ちょっと本音がにじんでしまった。


慌てて笑顔を貼り付ける。いつもの笑い。完璧な演技。君にも僕にも拾わせないように。


「……ま、滑るの慣れてるし?派手にコケた方が、面白いでしょ?」
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