【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第30章 Final Stage Ⅲ 〜宿命の斬光、桜は血に咲く〜
「だが交流も容易な隣県は同一集団、即ち『われら』となった」
「戦争は『われら』と『かれら』の間でしか起こらない‥‥か」
「その通り、そして『われら』と『かれら』を峻別する物的境界線はない。宗教、主権、民族‥‥どれも時代によって移ろう単なる『感情』だ」
「中世にはあった『かれら』との戦争‥‥領主同士の戦争も宗教間の戦争も交通や通信技術の発達により、『われら』になって消えた。つまり、戦争の原因は人類の愚かさなどではなく、単に『われら』と『かれら』という自他認識の誤謬でしかない。故に五百年か千年後には交通・通信の進歩で『かれら』は自然と『われら』になり、放っておいても戦争は消滅するだろう」
ここで福地の声がかすかに震える。
「だが儂はそんなに待てぬ、十年‥‥いや一年でも早く戦争を『あの地獄』をこの世から消し去りたい」
福沢がゆっくりと視線を伏せる。
「故に儂は国家という障壁を廃し、人類を皆『われら』にしようと考えた」
その言葉に、福沢は僅かに目を細める。
「‥‥それが、『国家の消滅』か」
「あの頃に戻れたらと思うか?」
唐突な問いだった。
福沢はしばし沈黙し、やがて静かに目を閉じた。
「‥‥ああ、だが戻れぬ。聞け、源一郎」
名を呼ばれ、福地はわずかに瞳を揺らす。
「人類の統一など不可能だ。もしもの『頁』でも数百の国家を一夜で統合など出来ぬ、『整合性』の制約があるからだ。『起こりそうにない』事は起こせない。それに気付かぬお前ではあるまい」
福地の表情に、苦味が滲む。
だが諦めではない。
確信を灯す者の目だ。