【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第28章 Final Stage Ⅰ 〜空港バトル!東雲姉妹VS条野〜
「太宰だけじゃない」
その一言が、香織の動きを止めた。
微かに首を傾け、眉を寄せる。
「……え?」
「ムルソーには、フョードルもいる」
与謝野はその名を口にする時、目を細めた。
どこか吐き捨てるような声音だった。
「あの人も‥‥いる」
香織の声がわずかに震える。
だがすぐに、冷静さを取り戻したように、瞼を伏せて小さく息を吐いた。
「本当なら太宰もフョードルも、表の法では『処理』されてるはずだった。でも、連中は両方とも必要とされたんだ。異能特務課が、国家が……いや、『もっと上』がな」
与謝野は皮肉めいた笑みを浮かべる。
その裏にあるのは怒りでも、諦めでもなく、冷えた真実だった。
香織は立ち上がり、ゆっくりと窓辺へ歩いていく。
窓の外には何もない砂嵐の虚空が広がるだけだったが、それでも彼女はそこに何かを見ようとするかのように、長く黙って立っていた。
「フェージャと太宰君が、同じ場所に……」
小さく繰り返す。
その名前が彼女の中に残す影は深い。
(本当は今すぐにでも行きたい、でも−−)
「−−−行かないよ」
しばらくの沈黙の後、香織がぽつりと言った。
与謝野の眉がわずかに動く。
だがそれ以上は何も言わず、ただその言葉の重みを待つ。
「私が行っても意味がない。太宰君はああ見えて、誰よりも自分の意思で動く人。追いつけたとしても、きっともう違う所を見てる」
香織は自嘲するように笑う。
だがその目は静かで、どこまでも透き通っていた。
「それに−−−」
彼女は与謝野に背を向けたまま言う。
「私は、今ここでやるべきことがある。『外』で、動ける者が必要なら……私はそっちを選ぶ」
その言葉に、一片の迷いもなかった。
与謝野は肩の力を抜き、鼻で小さく笑った。
「……成長したじゃないか、香織」
「ううん。ちょっとだけ、現実を知っただけです」
香織は振り返り、小さく微笑む。
その笑顔はかつてより少しだけ、大人びていた。