第2章 トイレ掃除
「ドクター、何をしているんですか!」
ある日の早朝、デッキブラシで床を磨いていると、コータスの少女が驚きのような、怒っているような声で私にそう言ってきた。私は手を止めた。
「ああ、すまない。早朝だから誰も使っていないかと思って」
と私が言うのも、ここは女子トイレ内。私はドクターと呼ばれるこのロドスのトップらしいが、だからといって男の自分が女子トイレにいたのはマズかっただろうと反省した。
「私はすぐに出るよ。掃除はまたあとでやっとくから」
と私がデッキブラシを片付けようとすると、そういうことじゃないです! とコータスの彼女は更に言葉を続けた。
「なんでドクターが、トイレ掃除なんかやっているんですか……!」
と彼女が怒るのも無理はないだろう。私はこのロドスでのトップ(こうして何度も自分の中で言い聞かせているのは、私は記憶喪失だからだ。今でも信じられないのだ、私がこのロドスでトップだということを)で、本来はここで掃除をしているはずがない。私は彼女にこう答えた。
「心配しなくても、書類業務は終わらせて置いた。毎日じゃないが、時々ならトイレ掃除くらいは……」
「ドクター、だからそういうことじゃないんです!」
はて、ではなんなのか。急ぎの書類は既に片付けて置いたのに、と私は彼女……アーミヤの言葉を待った。すると、アーミヤは私からデッキブラシを取り上げた。
「トイレ掃除は私とか、他のオペレーターがやりますから。ドクターがする仕事じゃないです」
とアーミヤに言われ、私はぱちくりと瞬きをした。なんだ、そんなことで怒っていたのか、と。
「私がする仕事じゃないなんて言わないでくれ、アーミヤ」私は出来るだけ優しい口調で話すように務めた。「私はここのトップで、ドクターで、戦闘の指揮をしなくちゃいけないのは分かっている。分かってはいるが……私は、ドクターと呼ばれる理由を何一つ覚えていないんだよ」
そう。私はある日、今までの記憶を失って目が覚めた。突然の理解し難い現実を理解しなくてはいけなくなり、様々なことに出会いと別れを繰り返して乗り越え、今日に至る。だが私には、ドクターと呼ばれる理由だけは全く分からずにいた。