第17章 雲丹
トントン。
扉をノックすると、単調などうぞという声が聞こえて研究室に入る。しかし、研究室の主は私が入って来たことに全く目配せをしないまま、薬学研究に没頭していた。
「前に頼んでいた薬は出来た? 出来れば複数必要なんだけど」
記憶喪失で全く無知となってしまった鉱石病の研究に少しでも役に立ちたいと、私は過去の手記を頼りに研究の手伝いをしていた。薬を取りに来るくらい他の研究者に任せてもいいのだが、手が空いたのでついでにソーンズの研究室に来たという訳だ。
「そこにある」
抜かりはない、というかのように試験管がズラリと並んでいるのを見て私はぎょっとする。色とりどりの薬液に、私はどの薬を持って行ったらいいか分からないのだ。
「あの、ソーンズ?」
声を掛けても、透明の仕切りの向こうにいるソーンズはずっと手元の何かに集中していて返事もしない。私は仕方ないので、そこの椅子で座ってソーンズの研究が終わるまで待っていようとして、見慣れない生き物に目がついた。
それは水槽の中にいたが、オリジムシやその亜種などではなさそうな生き物だった。全身真っ黒な体に、四方八方が鋭い棘のようなもので出来ている。へぇ、水棲生物にこんなのがいるんだ、と眺めていると、唐突に後ろから声が飛んできた。