第6章 貴方は何が好き?
ビアンカは新しい豆の袋を手に取り、じっとラベルを眺めた。
グアテマラ・アンティグア。
香ばしいナッツのような風味と、しっかりとしたコクが特徴の豆だ。酸味もそこまで強くなく、適度な苦みがある。……だ、そうだ。
「ふむ……これは、いけるかもしれない」
バージルの好みを考えながら、袋を開ける。
ふわっと漂う香ばしい香り。深煎りのような重さはないが、どこか落ち着いた印象を受ける。
「いい感じじゃない?」
ビアンカはさっそく豆を挽き、蒸らしも大切にしながらゆっくりと淹れ始める。湯を注ぐと、ふわっと膨らむ豆の表面。立ち上る香りはどこか甘さを含んでいて、これならバージルも嫌がらないのではと思わせるものだった。
(エチオピア・シダモのときの悪夢は繰り返したくないしね……)
慎重に抽出を終え、カップに注ぐ。
深い琥珀色のコーヒーが静かに湯気を立てる。
「はい、お試しあれ」
バージルの前にカップを置くと、彼はいつものように無言で手を伸ばした。
ひとくち、口に含む。
……反応なし。
(あれ?悪くないってこと?)
ビアンカはじっと観察する。
眉を寄せることも、カップをすぐに置くこともない。
エチオピア・シダモのときのように「飲み物ではない」と酷評されることもなく、むしろ少し考えるような素振りを見せている。
「……どう?」
バージルはカップを置き、少しだけ息を吐いた。
「……悪くない」
「おお!」
思わず歓声を上げるビアンカ。
ここまで試した中で、まともな評価がついたのは初めてではないだろうか。
言葉数は少ないが、これは明らかに高評価の部類だ。
「へぇ、よかったねぇ」
「誰に言っている」
「いやまぁ、この豆にね?」
ビアンカは楽しげに手帳を取り出し、さっそく書き込む。
「グアテマラ・アンティグア:悪くない。しっかりしたコクと香ばしさ、酸味が控えめ。バージルが普通に飲める数少ない豆のひとつ!」
「なにを書いている」
「アンタの好み」
「……余計なことを」
バージルは呆れたようにため息をつくが、別にそれを止めることはしない。
むしろ、もう一口コーヒーを飲んでいる。
(……もう一度出してもいけるな)
ビアンカは確信しつつ手帳を閉じた。