第5章 栄光の目前 〜決勝トーナメント準決勝〜
●藤堂 天● 〜東京体育館〜
紗恵は昔から、“運”というものを信じていないし、紗恵がそうなのであれば私も信じない。
私があの時信じたのは、紗恵ただ一人だった。
実際、紗恵の力が必要だったのは、ほんとに一瞬だけだった。
紗恵もそれは承知の上だ。
私がマークなしに、ゴール下まで移動するその一瞬だけ。
仲介役として、自分がボールを守れればいい、と言うことを。
例え、たった一瞬だけのためなんだとしても。
それでもやっぱり、紗恵はエース信者なんだ。
だから私は、そんな風にエースに尽くしてくれる紗恵を、選手として活かしてやらなきゃいけないと思うし。
私をエースにしてくれたチームのために。
エースとしての力を、最大限に使わなければならないと思っているんだ。
・・
私は確かに、そう思っているというのに…
「どんなときも!皆の胃腸のために!!
ストレス緩和のために
しっかり稼いでくださいよ~エース様~!」
『エースの存在意義
急にカッコ悪ぃじゃねぇーか』
そうだ。
紗恵(こいつ)はこういうやつだった。
人をからかうのが好きで、いつでも揚げ足を取ることしか考えていない。
こんな風に、ちょくちょく冷やかしてくるから軽くウザイ。
それから、今は反対側にいて姿は見えないけれど、態度以上に紗恵はいちいち顔がウザイ。
『つかその“エース様”って言うのやめろ』
「なんで~?」
『今ガ試合中ダカラジャナイデショウカ?』
「翻訳機能のちゃっちい海外通販の
音声案内みたいになってんじゃねぇーか」
そんなやり取りを、懲りもせずにベンチの端と端でやっていると、
「お前ら人を挟んで
しょぼい喧嘩してんじゃねぇーよ!休め!!」
私の隣に座るキャプテンに下から喝を入れられて、私と紗恵は一旦身を引いた。