第26章 いけないこと ✢
「……ビビった。なんだよ?息切らして。」
ああ、何でだろう……安心する。
マスターの顔を見ると、この極限の恐怖さえ……
どうにかなるんじゃないかって、思えてしまう。
「……うっ、怖かったあぁ……!!」
「お、おい……!」
心の傷をリセットしたかった。
だから勢いよく抱きついてしまったことは
見逃して欲しかった。
それ以上の望みなんて……無かったんだ。
「……何があった?話してみろ。大丈夫だからな。」
それなのに、どうして……?
優しく頭を撫でてくれるの?
不器用に背中を擦ってくれるの?
大きくて温かい腕で包んでくれるの?
───溜まりに溜まったフラストレーションが
私をいけないほうへと誘う。
“このままこの人に、身を委ねてしまおう。”
“このままこの人に、口付けてしまおう。”
“このままこの人に、一夜を捧げてしまおう。”
心の中で“かいぶつ”が、意地悪く囁いてくる。
いけないことを、させようとする───。
バンッとドアが開くのと同時に、ドアベルの音が
けたたましく鳴り響いた。
「……なに、してんの……?」
聞き慣れたその声。
怒気を孕んだ震えた声。
色を失った“かいぶつ”の眼で……
蜂楽はそこに、立ち尽くしていた。