第1章 出逢い
凛帆(りほ)は一人、列車の窓にもたれて海を見ていた。
(………綺麗)
微かな波ひとつ立っていない滑らかな海面が午前中のふわふわとした陽光に朧気に照らされていた。
今日、凛帆は婚約者「手代木 脩二(しゅうじ)」の実家のある海辺の小さな町に二人連れ立って結婚の挨拶に行く予定だった。
ところが昨日の夜になって脩二に仕事のトラブルが入り―――――
「ごめん、午後には行けると思うけど、今度にしようか?」
「いいよ、お義父様お義母様にお時間取ってもらってるし、お昼の用意もされているそうだから私一人で先行ってるよ。」
都内のIT会社の社長でありエンジニアでもある脩二は当然ながら忙しく、『今度』がいつになるか分からない。秋には挙式と決めてあるので落ち着いてもいられないのだ。
「そうか、悪いね。トラブル解決したらすぐに僕も向かうから。」
と脩二はいつもの様に穏やかに凪いだ瞳を凜帆に向けた。
凛帆と脩二は今流行りの『マッチングアプリ』で知り合った。
大学を出てからずっと営業職でピリピリとした毎日を送っていた凛帆は決して感情を荒立てることなく常に静謐である脩二の性質に惹かれた。
まるで今朝の凪いだ海の様な―――――――
『Z駅』は急行も停まる駅だが駅前は寂しく、コンビニとビジネスホテルが一軒ずつ。昔は賑やかだっただろういわゆるシャッター商店街が駅前広場から伸びていた。
(タクシーの運転手さんに『手代木』って言えば分かるって脩二さんは言ってたけど、肝心のタクシーがいないじゃない!)
手土産の紙袋をぶら下げて凛帆は途方に暮れていた。
『ピッ!』
その時一台の白いRV車が凛帆の目の前で止まってクラクションを鳴らした。