第9章 忍びだらけだってさ
幸村を先に帰した佐助は高台から戦場だった場所を眺めていた。
あれほどの人に溢れていたのが噓のように、見事に何もなくなっていた。否、人馬の足跡に荒された大地、焦げ付いた畑だった跡などところどころ戦の名残があった。目を瞑れば静かなものだ。何もなかったかのように。
「長、幸村様に、本当のことを、伝え、ないのですか」
気配を殺した忍びがひとり、佐助の後ろに控える。
長である佐助に意見することをためらうかのように、ところどころつっかえながらも己の心配を口にする。
「独眼竜がうめにご執心なんて言えるかよ」
佐助は顔を歪め、吐き捨てるように言った。
その重苦しい空気に飲み込まれ、部下は小さく息をのむ。
「なにをやってんだかな」
佐助は鉢金の脇から指を差し込み、頭を掻く。
「長?」
幸村にはあえて伝えなかったが、噂の出どころはもう抑えてある。
奥州の忍び衆、黒脛巾組。政宗は忍びを好まないようではあったが、それと戦略は別だ。使えるものは気に食わなくても使う一国の主として分別わきまえている。
佐助が捕らえた行商に扮していた忍びは、思いの外口が固く、目的どころかその出自すらも話すことはなかった。だが、その忍びの技だけで真田の忍びは黒脛巾組であることを突き止めた。そして佐助の小助への信頼を揺らがしたのは忍びが服の内に隠していた栗色の髪だった。鑑定した海野六郎の曇った表情は忘れられない。それは小助ーうめのものとみてほぼ間違いないと。
「この件は俺様が預かる。くれぐれも旦那には気取られるなよ」
「長……」
不安げに佐助を呼ぶ忍び。その心配は誰に向けたものなのか、佐助にはわからなかった。
「あいつがやらかしたんなら俺が始末をつけるからさ。今は黙っててくれ。頼む」
気軽でありながら決して胸の内を明かさない忍びの長が、喉の奥から声を絞り出すように懇願する。
「……承知」
長と同じくらい苦々しく告げる忍び。
その胸の内ですべて杞憂であれと祈るしかなかった。