第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
こちらも予想だにしていなかった質問に夏油は瞠目したが、すぐ平静を取り戻し、不安げな表情を浮かべる彼女を安心させるように優しく答える。
「君のことだよ。君は久織奈緒という名前なんだ。心当たりはないかい?」
「ぜ、全然……」
さっぱり分からないと目を泳がせる奈緒にどこまで伝えるべきか迷う。
自分の名前が分からないのは漠に記憶を喰われたのが原因だが、喰われた記憶を取り戻すことができるのかは未知だ。
その上、どの程度記憶が残されているのか見当もつかない。
単なる記憶喪失と伝えるか、
呪霊に記憶を奪われたと事実を伝えるか……
もし呪術界の記憶も全てなくなっているとしたら、呪霊うんぬんを伝えるのは余計な混乱を招きそうだ。
「……私、あなたと知り合いなんでしょうか?」
逡巡していた夏油はその質問に目を瞬かせる。
彼女は一般家庭の出身でスカウトされて呪術高専に入っており、高専に来るまで呪術界との繋がりは全くなかった。
夏油のことを忘れているとなると呪術高専で学んだことまで奪われた可能性が高い。
驚きと同時に何を伝えるべきかが絞られた。
「学生時代、君は私の後輩だったんだ。人数の少ない学校だったから、頻繁に顔を合わせていたんだよ」
「す、すみません。思い出せなくて……」
「君のせいではないさ。記憶の欠落も一時的なものかもしれないし、何か思い出すまでここにいていいよ。何も焦ることはない。ゆっくり取り戻していけばいいさ」
申し訳なさそうに目を伏せた奈緒を励まして席を立とうとした夏油は大事なことに思い当たる。
「ああ、自己紹介が遅くなってしまったけれど、私は夏油傑、こっちは……」
「はさばななこ!」
「は、はさばみみこ、です……」
夏油に促されて元気よく答えた茶髪の女の子とモジモジしながら答える黒髪の女の子。
「まずはゆっくり休むんだよ」
夏油は菜々子と美々子の手を引いて部屋を後にした。