第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
自分より数センチ背が高い。それだけなのに、奈緒を抱き上げる無一郎の両腕にはしっかりと筋肉がついていた。
霞柱が歩く途中も、彼女の右耳には時折彼の胸板が当たる。
心臓が鼓動を刻む速度は上昇し、屋敷に帰宅した時は魂が抜け落ちるのではないか。
そんな域まで奈緒の心と体は振り回されてしまった。
思い出していると、再びあの時と同じように全身が熱くなり始める。
「まひろさん…私、おかしいんです。霞柱様の事を思い浮かべると、体が熱くなって、鼓動も物凄く速くなるんです。病気なんでしょうか」
奈緒の発言を受け、幾田の口からきんつばがこぼれ落ちそうになるが、素早く手のひらで抑えた為、落下にはならなかった。
「奈緒ちゃん、それ…霞柱様の事…異性として意識してるよ」
「え? 異性として? それどういう事なんですか?」
奈緒が本気で言っている事を把握した幾田は、はあと深い息をついてこう切り返した。
「奈緒ちゃんが霞柱様の事を好きって事だよ」
「好き…」
「うん、そう。もし…もしもの話ね。霞柱様と明日から会えなくなったとしたらどうする? 任務だから仕方ないって割り切れる?」
明日会えなくなるかもしれない。
これは鬼殺隊に在籍していると、避けては通れない。鬼を狩る事を生業としている隊士は常に生と死が隣り合わせにあるのだ。
「凄く…凄く悲しいです。今も任務に出掛けてますけど、きちんと帰宅するのか…怪我はないのか…ずっと気になっています。心配しています」
幾田は隊服の衣嚢(いのう=ポケット)から手拭いを取り出し「出てるよ」と言い、奈緒に差し出す。
慌てて受け取った後、手の甲で目元を拭うと、そこには涙の粒が確かに付着していた。
『ひょっとして自分は一人になっちゃうのかなって気が気じゃなかったんだから』
『あなたは、本当に心配性ですよね』
思い出すのは両親が亡くなる前日、話していた会話だ。
奈緒は当時【父は心配しすぎだ】とやや呆れていた
—— が、今の自分はあの時父が何故あのように言ったのかが理解出来る。
——— 無一郎は自分にとって大切な存在。
それ故、心配してしまうのは当たり前の事なのだと、気づいてしまったからだ。