第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
「いただきます」
無一郎の診察が終わった十分後、居間に三人の声が響いた。
座卓を挟んで無一郎としのぶが向き合っており、しのぶの右隣には奈緒が座っている。
主と共に食事は取れない —— 隠と言う立場からそんな事を発言した彼女だが、無一郎の「別にいいんじゃない?」の一言によって、皆(みな)で朝食を食べる事になったのだ。
「申し訳ありません、私の分まで用意して頂いて…とっても美味しいですよ、ふろふき大根。時透くんはいかがですか?」
「………」
『無一郎様、やっぱり何も言ってくれない』
ニコニコと笑顔を浮かべながら食すしのぶとは対照的。
無一郎は好物のふろふき大根を一心不乱に食べており、蟲柱の問いかけはどうやら聞こえていないようだ。
『美味しい…』
実は毎回食事の度に、奈緒の料理に舌鼓を打っている無一郎。
しかし、彼に感想を作った者に伝えると言う習慣はない。
それ故、奈緒はいつも彼の食事の時間が終わる度に憂鬱になっている。
『先輩からふろふき大根がお好きだって聞いたから作ったんだけど…違ったのかな?』
奈緒の目の前には白飯(はくはん)、豆腐とワカメのお吸い物にたくあん。それから主菜としてふろふき大根が並べてある。
皿の上に二つ並べられた丸い大根にはとろりとした田楽味噌がかかっており、その上には細く切られたゆずの皮。
箸で割ると、ほろりとたれる味噌が大根と馴染んで食欲がそそられそうな一品だ。
『自分で言うのも何だけど、結構上手く出来てると思うんだよね』
横にいるしのぶは「とても美味しいです」と繰り返し奈緒に伝えているが、無一郎はひたすら無言。
正反対の反応を見せる二人に、奈緒がふうと小さなため息をつく中「ご馳走さま」と、目の前から声がした。
はっと顔を上げると水色の瞳と視線が合う。ドクン! と彼女の胸は高鳴るが、無一郎は静かに視線をそらし、居間から退室した。
『奈緒のごはんを食べると、いつも気持ちが落ち着くんだよね。これって何なのかな』
胸に右手を当てながら思案する無一郎。しかし、これが【恋】の芽生えとは知る由もない。