第1章 【鬼滅】霞屋敷のふろふき大根には柚子の皮が乗っている
その時、本当に足音も聞こえずにスッと2人の話している襖を、無一郎が開けた。
奈緒は開かれた襖を見て、無一郎が自分達を見下ろしているのを見上げた。
淡い水色の瞳がしのぶと奈緒を見下ろしている。
【記憶障害】
それはどれほどに無一郎の心を蝕むモノなのだろう。
奈緒を見ても誰だか分からない。
しのぶをジッと見て、まるで記憶を遡る様に考えている。
奈緒は無一郎の顔をジッと見て。
初めて彼から言葉が出るまで待ってみた。
「…奈緒…朝餉(あさげ)を食べたい…」
初めて無一郎から名前を呼ばれて、奈緒は目を見開いた。
いくら見ても、そこにはいつも通り無表情で何を考えているか分からない無一郎が居た。
それなのに何故か、胸がぎゅっと締め付けられた。
「はい…はい…『無一郎』様」
初めて無一郎を『霞柱』では無く、時透無一郎として呼んだ。
込み上げてくる何かに目を萎ませながら、奈緒は立ち上がった。
無一郎の脇を通り、通りすがりに無一郎を見た。
そこにはいつもと変わらない無一郎が、ただしのぶを見下ろしている。
ただチラッと無一郎が奈緒を見た時に、合った目が。
奈緒の『何か』を動かした。
パタパタと走って行く、奈緒を見送って、しのぶはゆっくりと声を出した。
「……こちらに来て、上着を脱いで下さい」
しのぶがお面の様な笑顔で言うと、無一郎はしのぶの前に座り、上着を脱いだ。
しばらくしのぶの診察が続き、2人の間に沈黙が流れた。
一通り無一郎の診療を終えると、しのぶは診療器具をカタンと置いて、小さいため息を吐いた。