第3章 お題小説 Lemon
私は視線を上へと向けた。
そう。
例えば、嵐が過ぎ去った今日の真っ青な空のような姿だったり。
夜の海のように暗く深く冷たいものだったり。
朝露に濡れる花の匂いのようなものだったり。
姿かたちは様々。
気まぐれだから、いつも同じ姿とは限らない。
だから気づけない。
いや、私たち人間もまた気づかないうちに彼等を見ないようにしているだけだ。
「勇気がいるんだよ、それらを見つけることに。見知らぬ暗闇にたった一つの明かりをともすように、ね」
「奈緒さんっていつもこんな事ばかり考えているんですか」
「まさか。ただ、君と話しているとね。自然と考えてしまうんだよ」
「そう、なんですか」
少しだけ頬を染める吉野くん。
そういう純粋なところが君のいいところだけれど。
純粋だからこそ、少し怖くなってしまう。
変な色に染まってしまうのではないのかと。
「放課後、私はピアノを弾きに行くけど君はどうする?」
「行きます。奈緒さんあれ弾けますか?映画のサントラなんですけど」
「んー、知ってる映画のやつなら」
「今聴かせますね」
スマホを取り出し慣れた手つきで音源を探す吉野くんの頬は綻んでいる。
今この瞬間だけは、君は楽しそうでよかったよ。