第3章 お題小説 Lemon
自分も人間であれば、義勇と同じように体調の変化などを体感出来るのだろうか。
もし人間になれたら ——
この心に秘めた思いを伝える事が出来るのだろうか。そんな事は今の自分に決して起こらない夢物語だ。
「どうした?」
「え?」
いつの間にか義勇の背中に当てていた右手が下がっている事を指摘された奈緒。
彼女は直前まで感じていた気持ちを、そっと胸の中にしまい込む。
「義勇様の体温が元に戻ったようなので…もう離しても良いかなと思いました」
「そうか」
奈緒に言われ、義勇がゆっくりと体を起こすと被った濃紺の烏帽子(えぼし)もピンと上を向く。
彼が再び猪口に酒を入れようとする前に奈緒が酒瓶を手にし、酌をした。短く礼を言う義勇は先程とは違い、口に入れる量を複数回に分けて飲んでいく。
「少しずつ飲むと、丁度良い」
「それは何よりです」
叶うのであれば、もう一度義勇の体温を感じたい。
そんな細やかな願いを胸に秘めた奈緒は夜空をゆっくりと見上げる。
「月と同じ色ですね、このお酒」
「…の…とも」
「え? 義勇様、今何て仰いました? よく聞こえなかったです」
「何でもない、ただの独り言だ」
「ふふ、わかりました」
奈緒が小さく笑う横で、義勇は猪口に入った残りの酒を飲み干した。
「お前の着物の色とも同じだ」
——— もしかしたら。
これから恋が始まる、かもしれないそんな一夜。
〜終わり〜