第2章 後編
子犬を引き渡してから、いつの間にか半月ほど経った。以前の日々に戻っただけなのに、ヤマトは何か物足りないように感じていた。
子犬の世話に使った小物類はほとんど処分したが、食事用の餌鉢は何となくそのままにしてある。
自炊の習慣が残り、外食中心だったのが自宅で夕食を食べることが増えている。一人分でいいところをつい米を炊きすぎてしまい、翌日茶漬けで片付けるいうことも何度かあった。
*
そんなある日。
任務を終えて商店街を横切ると、見慣れた小さな姿が視界に入った気がして、ヤマトは振り返った。
薄茶色の毛並みの子犬が、初めて会った場所近くに佇んでいたのだ。木製の塀にぴったりと張り付いて、地面の匂いを嗅いでいる。
「君、どうして…」
子犬はあのとき確かに、老夫婦に引き渡したはず。もしや飛び出してきたのではと、ヤマトは軽く動揺した。そのまま通り過ぎることも出来ずに、子犬の傍にそっと近づく。
傍に寄れば、なおあの子犬とそっくりで、ヤマトは思わず、その子犬を両手で抱き上げた。
「一体どうしたんだい?迷子にでもなったんじゃ…」
ヤマトが顔を覗き込むと、子犬はヤマトの手から逃れようともがいている。やはりあの子犬ではないのかと考え込んでいる内に、ポンと軽い音がして子犬が姿を変えた。
「え…?」
ヤマトの両手に重みがかかる。はっとして前を向くと、目の前には若い女性の姿があった。
彼女は顔を真っ赤にして俯いている。一方ヤマトはと言うと、突然の出来事に驚き、腕に女性を抱きかかえたまま固まっていた。
「あの…下ろしてもらえないでしょうか…」
消え入るような声で女性が言う。
ふわふわとした薄茶色の髪の毛をした人で、俯いているせいか表情は見えなかった。
「あ、ああ。…ごめん、悪かったね」
一回り体の小さい彼女の体を地面に下ろして、ヤマトは両手を離した。まさか人が変化した姿だとは思いも寄らず、とっさに抱き上げてしまった。
よくあることなのに、全く気付かなかった。自分の間の抜けた行動に、一つ溜息を吐く。気まずい空気が流れて、ヤマトは無意識に後ろ頭を片手で撫でた。