第2章 黒き水
「そんなに高専が楽しかったのか?」
楽しかったと聞かれると物凄く楽しかった。
今までクラスメイトとバスケもしたこともなければ、奢って貰ったこともない。
今日は学校生活で一番の幸せな日だった。
これが明日も続くかは分からないが…
『楽しかった』
それが今日だけでも。
「そいつは良かったな」
声のトーンが落ちて甚爾を見上げると、どこか悲しそうな顔をした。
何でそんな顔するんだろう…
『学校生活、楽しんだらダメなの?』
素朴な疑問がつい口から出てしまった。
逆ギレされるかと思ったら、大きく背伸びをして腕を伸ばし始める甚爾。
「いや、楽しそうで安心したさ。それと今後も俺が送り迎えしてやる」
『ええっ!!要らないよ!』
「いつも送ってくれって言ってるだろ?願いを叶えてやるんだから喜べ」
それは憧れの話で、高速で移動されるのとは違う。
『吐くのは論外!』
近づいてくる甚爾に対して体を背けず後ろへ逃げる。
足が当たって反対側のベンチに倒れ込むと逃げ場はもう無かった。
甚爾が背もたれに腕をついて上から見下ろす様に近付いてくる。
お風呂に入ったのか石鹸のいい匂いがした。
それに比べて私は汗だく。
恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じる。
じっと私を見つめていた甚爾の顔が接近してきて鼻同士が触れ合いそうになる。
「…露骨に逃げんなよ」
にっと笑った甚爾の腕が腰に回って抱き起こされる。
『わ、わっ!』
近い近い!
そしてまたお姫様抱っこされる。
今回は両肩に手をつき離れようとするが、グイッと引き寄せられて胸板に押し付けられる。
「俺から逃げようなんて百年早いんだよ」
馬鹿力!
ピクリとも動かない。
最悪だ。
絶対汗臭いのバレる。
これは早く家まで送ってもらって、シャワーを浴びた方がいいのではないか?
そう結論づけて、大人しく腕に抱えられていると甚爾は満足そうに笑った。
意を決して目をつぶると、体を引っ張られる感覚に息が出来なくなる。
数秒から数分か。
甚爾にしがみつくのに必死で時間の感覚は分からないが、止まった時に胃液が喉元まで込み上げてくるのが分かった。
これから毎日だと考えると胃が痛い。